chapter. 1−5


「それにしても、ラウル様が即位して早3年、レッツェ勅令は8割方達成されております。フリジアの港町の要塞化も達成しており、河川港の整備は大詰めです」

「あぁ、ラウルはよくやっている。もはや、子供の王と侮る者はウェスティアにはおるまい」


ポルクスとカストロはそう褒めてくれたが、実際にはまだまだロタリンギアの危機は去っていない。まだ足りないのだ。
ウェスティアとは西欧にあたる地域で、東欧に相当するゲルマニア本土の向こうはオスティアと呼ばれるが、この狭いウェスティアですら脅威が満ちている。
窓から外の森を眺め、その先に広がる豊かな大地を見つめる。


「まだまだだ。でもまぁ、お前らのおかげで、俺も3年、王ってのをやれてる」


東のゲルマニア、西のガリアに国土を分割されているロタリンギア王国。
この国の王として即位したラウルは、まさか自分が王になるとは、という感慨こそあったが、王になるということを前提に育てられていたこともあって、長い時間をかけてこの運命を受け入れていた。

いつまで経っても元の世界に戻れる気配はなく、これはもう腹をくくるしかないと考えたわけである。

史学科として様々な国を見てきたラウルだからこそ、この国の問題点は見えていた。それは、あまりに中央集権が図られていないことだ。
狭い国土でありながら貴族たちが細かく土地を所有しており、あらゆる意味で効率的ではなかった。


「レッツェ勅令でかなり余分な伯位も公位も減らせた。今や下ロタリンギア公は俺の直属、上ロタリンギア公とフリジア公は俺が兼任してるから、公位であれば平定したと言える。でも、有力な伯位はまだ残ってる」


この世界では、中世欧州と同じく封建制度が取られている。
王、公、伯というように立場が分かれ、名目的にはロタリンギア王が旧西ラバルム帝国領地域、すなわちウェスティアにおける宗主権を持っている。そのため、通常はウェスティアの国々ではロタリンギア王による戴冠式が行われる。これは、中世欧州ではローマ教皇が担っていた役割と神聖ローマ皇帝が担っていた役割が一つになった形だ。
もはやロタリンギア王による戴冠という名目的宗主権は形骸化しており、地理的にも遠いヒスパニアの国では戴冠式にラウルは参加していない。

ゲルマニアとガリアは、いずれロタリンギア王の座を継承することで、この宗主権を復活させて西ラバルム帝国を再興することを夢見ている。
だからこそ、両国はロタリンギアを狙うのだ。
そして、ロタリンギア分割後、ゲルマニアとガリアは、どちらが覇者となるか、恐らく戦争を起こす。このとき戦場となるのは、間違いなくこのロタリンギアである。


「国内の王侯貴族をまとめきれないまま、ゲルマニアとガリアの衝突に巻き込まれれば、間違いなくロタリンギアで多くの血が流れる。それだけは避けないといけない」


そう、ラウルが特に興味もない王位についている理由、それは、いずれ起こるであろう戦争を回避するためだった。
正直、ラウルは王位継承などどうでも良かったし、そもそもこの世界の人間ですらないため、普通の暮らしができれば十分だった。それでも、みすみす流血の惨事を起こすことは避けたかったのだ。
歴史を学んできたラウルだからこそ、戦争だけはしたくなかった。


「お前らしいな。王になった理由はそれだけだった。だからこそ我らも、その目標に全力を挙げようと思った」

「本来なら私たちのみ重用いただきたいところですが、崇高な目標のためには使える人材が多いに越したことはありません。森の傭兵ロビンフッドや、コンスタンティノス、モレーといった人材もまた、必要と心得ておりますとも」


王国内に無数に存在した王侯貴族たちを解散させて領土を簡素化、合理化して権限を中央に集中させる。それは極めて難しいことだ。
普通なら内戦に陥るところだが、そうならなかったのは、ラウルの魔法の強さとこの双子の優秀さ、そしていろいろと助けてくれる者たちの助力によるものである。


ラウルの魔法、それは、瞬間移動。転移魔法とこの世界で呼んでいるもので、いまだラウル以外にこの魔法は確認されていない。
瞬間的に、自分および任意の対象物を別の場所に移動させる高度な魔法であり、特に制限はない。その気になれば軍一つ移転することもできるだろう。

ラウルはこの魔法の力を内外に知らしめつつ、王として即位すると同時に遷都した。
それまでの王都はメティスという、フランスではメッスにあたる大都市に置かれていた。これを、北のルクセンブルクにあたるレッツェという小さな要塞に移したのである。
当時のレッツェは、渓谷にぽつんと存在する古い要塞でしかなく、とても首都になるような場所ではなかったが、これを要塞都市化して新首都とした。

この新たな王都レッツェには、貴族の代表だけが引っ越してきて、貴族本体はメティスに残っている。それもそうだろう、こんな森と川と崖しかない武骨な要塞都市に住みたい貴族などいない。

そしてラウルは、このレッツェにおいて、王直接の命令である勅令を発布した。
「王国再編令」、通称「レッツェ勅令」と呼ばれるこの王令によって、ロタリンギアは従来存在した無数の貴族の所領の大半を取り払い、合併して整理していった。

もちろん、これによってそれまでの地位を失った家柄もあったが、ラウルの転移魔法を前に逆らうことは合理的ではなく、逆らった家をラウルとポルクス・カストロが容赦なく取り潰したのを見て王国中が震撼したようだ。
同時に、制度改革や農地改革、貨幣の鋳造割合の再設定や税制変更、一部物品の専売化、貿易港や交通の要衝での関税、物価調整、大学の設立など国内改革も行った。少し早いが、いわゆる上からの近代化というものである。


29/174
prev next
back
表紙へ戻る