chapter. 7−12
オデソス、ケルソネソスはともにウクライナの港町オデーサとヘルソンのことだ。ドゥネプル川河口部にあるケルソネソスは、洪水被害が多いことと、大河の河口であるために堆積物も多く、大型船の停泊は難しい。主に、小型・中型船によるドゥネプル川の河川貿易とエウクシヌス海貿易とをつなぐ役割を果たす。
一方、オデソスはダーニステル川河口より30キロほど離れた場所にあり、ダーニステル川流域の穀物だけでなく、大型船によってルテニア西部やポルスカの莫大な穀物をミクラガルズ方面に輸出する能力を持った港だ。
「オデソスの返還に加えて、ヴァルソヴィア取引所とアンドウェルピア為替取引所を連携させて、預金融通を可能にするとかどうだ?連合王国の小麦と大麦の関税撤廃もつけてやっていい」
「…、それをもって議会で誇示しろ、ってことだな?」
「そういうこと。両大公の交渉で得られた成果ってことでな。もちろん、軍事同盟をロタリンギア、ブリタニア、ルシタニア、バエティア、アヴァールの5か国と結んでゲルマニアをけん制することも」
ラウルの意図としては、カドックとアナスタシアが連合議会において大公としてすでに十分に役目を果たせるということを示し、イヴァンから実権を剝奪させるということだ。
その主張を裏付けるため、オデソスの返還だけでなく、ウェスティア最大の交易都市アンドウェルピアの為替取引所と、オスティア最大の交易都市ヴァルソヴィアの取引所を連携させ、両取引所が公式に発行する手形によって預金を行い、引き出すことができるようになる仕組みも提示した。
現代で言えば銀行間送金にあたるものだ。たとえば、ある商人がアンドウェルピア為替取引所で800デナリウス銀貨を預けたとすると、取引所はその明細を記した手形証書と預金記録通帳を発行する。
この商人はその後、ヴァルソヴィアに移動してヴァルソヴィア取引所に到着し、現金を必要としたため、この手形を提示して500デナリウスを受け取る。通帳には預金額が300デナリウス残っていると記される。
この預金は現金だけでなく、契約書などの債権も可能である。
史実でも同様のことは中世のテンプル騎士団によって成立している。
ラウルの世界では、騎士団による武力でもって信用を得ていたが、この世界には魔法、そして魔術があるため、手形の有効性や金庫のセキュリティは魔術で担保される。
ちなみに、ロタリンギアの通貨はラバルム帝国時代からの名称で今でも使われているが、すべて銀貨である。高い方から順にリーブラ、ソリドゥス、デナリウスの3種類がある。
市民が日常的に使っているのはデナリウス銀貨であり、12デナリウスは1ソリドゥス、20ソリドゥスは1リーブラとなる。240デナリウスで1リーブラだ。
小麦の上質なパンが1個か2個で1デナリウスとなり、馬1頭が820デナリウス程度である。
通貨と言えば、もう少し攻めた提案も可能かもしれない。
「もっと踏み込んだところまで行くなら、まだ市場で流通してるポルスカ金貨とポルスカ銀貨でロタリンギア通貨と公定レートを決めるのはどうだ?」
「鼻を明かすどころかメンツ丸潰しだな」
「いいんじゃないかしら、私は賛成です」
イヴァンは、摂政大公として連合王国の王に即位したのと同時に、貨幣高権を自身に据えることを宣言した。
貨幣高権とは、通貨を発行する権利が国家もしくは国王のみに与えられることを意味する。中央集権化と絶対王政を象徴するものの一つであり、現在これを達成しているのはロタリンギア王国とブリタニア王国だけである。ほかの国は、公、伯ごとに独自の通貨が乱立してしまっており、それらを相互にある程度レートを固定している。
連合王国ではイヴァンに貨幣高権が与えられると宣言はされたものの、イヴァンが発行させたメリゴー貨という通貨はまったく流通していない。金貨と銀貨に分かれるが、日常使いの銀貨の銀含有量が58%という粗悪な品位のため、信用が置かれていないのだ。
この時代、通貨の信用というものは、通貨に含まれる金銀の量で決まっていた。近代に入って紙幣が登場するまで、通貨はそのものに価値が必要だったのだ。
そのため、通貨の金銀の含有率というものが重要になる。ラウルは、国内のアルザティア伯領とコンフルエンティア伯領、プルミア伯領に開業した銀山によって銀を確保すると、少し含有率を高めた通貨を設定した。こうした鋳造割合の変更は国王として重要な初仕事となることが多い。