chapter. 8−2


ラウルが会談場所として指定したのはロンバルディア公国の首都、ティキヌムだ。ラウルの世界でパビアと呼ばれるイタリアの古都である。

エトルリア北部における交通の要衝であり、東の巨大港湾都市ヴィネギアとサゴンナ川の大都市ルーグ、西の港湾都市ジェヌアとウェスティア最大の都市メティスとを繋ぐ東西南北の街道が交差する場所に位置する。
イタリアにおいては、フランスのリヨンとヴェネツィアを、ジェノヴァとスイス方面とを繋ぐ主要な道だが、現代はパビアではなく少し北にあるミラノがその役割を果たしている。

新ラバルム帝国の都ラティウム、旧エトルリア王都カイスラではないのは、つい最近までガリア領だった場所の方がまだ安心できるからだ。さすがに、ルキウスの座す王城にまで乗り込む気にはなれない。

厳戒態勢の双子と姿を消したロビンを連れて転移を終えると、ラウルはすぐに周囲に目を走らせる。

そこは幼いころ、まだここがロタリンギア王国領だった時代に見たままのティキヌム宮殿の大広間であり、使用人たちも恭しく頭を下げて出迎えてくれていた。
これは一応非公式の訪問だが、城内では公式訪問に近い形をとっているようだ。


「ようこそおいでくださいました、ロタリンギア王。お久しぶりですな」

「ロンバルディア公か、久しいな」


そして使用人たちの前に出てきて一礼したのは、40代くらいの男性。このティキヌムを首都としてエトルリア北部に広がる地を統治する、ロンバルディア公だ。
ガリアに編入されてからは、ロンバルディア公にはガリアが派遣した家がついていたが、元の公家が昨年8月の三王会談直後に反旗を翻し、ロンバルディア公とサウォギア公は新ラバルム帝国の配下に封建された。

そのため、このロンバルディア公はロタリンギア時代からこの地にいた人物であり、メティスの宮廷でラウルも会ったことがある。


「実にご立派になられた。地理上の制約さえなければ、ええ、亡き御父上ではなくあなた様であれば、我々はロタリンギア王冠の下に戻ったのですが」

「民も納得してるんだろ、ならいい。あなたといい、サウォギア公といい、歴代の君主は素晴らしい統治をしていた。民の暮らしが守られるなら、一番上の王冠なんてなんでもいいんだ」

「…なるほど。ロタリンギアの改革の数々、周辺国に轟くわけです。ささ、貴賓室へご案内しましょう。皇帝陛下もじきにご支度の上、お見えになります」


温厚なおじさん、といった風体だが、これで凄腕の魔法士でもある。歴史の古いロンバルディア公家は、ウェスティア地域全体を見渡してもトップクラスの血筋だ。比例して、魔法も強くなる。ガリアから派遣されたぽっと出の公など容易く追放できただろう。ルキウスもそれに敬意を払っているから、両国の公を残したまま、新ラバルム帝国に組み込んだ。

そうしてロンバルディア公に案内された貴賓室に入ると、扉は閉められ、ラウルと双子だけになる。気を遣ってか、この城の使用人は部屋にいない。

瞬時に双子は術式探査を行い、ロビンも罠の有無を確かめる。


「…問題ありません、魔術の類は仕掛けられていませんでした」

「通常の罠もなさそうだぜ。あっけないほど、普通の貴賓室だ」

「そうか」


ひとまず息をつく。到着してすぐ捕縛、なんて事態も想定していただけに、何事もなく何よりだ。

ソファーに腰を下ろすと、ロビンは用意されていたワインを適当なグラスにとり、オリジナルの毒性確認薬を混ぜる。


「飲み物も問題なし、警戒されてないんだか油断してるんだか、分かりかねるってとこっすねぇ」

「姑息な真似はしない、ということだろう。俺たちがアルカディアにいたころ、僅かにだが聞き覚えはある。アンティオキアのルキウス、血筋だけなら最も皇帝に近い家だったが、政争によってシュリア総督になっていた。だが、その苛烈な気質は決して礼儀を欠いたものでもなかった」

「へぇ」


カストロがフラットな評価をしているのだ、ルキウスはその噂通り、実直な人物ではあるようだ。ただ、性格が苛烈、ということでもあるようだし、それは民衆を率いてエトルリアとトリナクリアの王国を数か月で打ち滅ぼしたことからも分かる。


96/174
prev next
back
表紙へ戻る