伝承地底世界アガルタI−4


レイシフトは無事に完了した。

いつも通り、五感がなくなり意識だけが引っ張られるような感覚のあと、目を開くと、そこは爽やかな風の吹き抜ける草原だった。


「…、これは……」

「またすごい空間だ」


隣に立つのはもちろんアーサーで、眼前に広がる光景に驚いている。立香も無事に目を開けて周囲を見渡していた。
後ろを振り返ると、同じくレイシフトしてきているアーラシュとギルガメッシュも目を見張っているのが見えた。


『よしよし、万全の準備をしておいた甲斐があった。座標固定完了、今回のレイシフトは無事に成功だ』

『先輩、唯斗さんともにメンタル・フィジカルデータはオールグリーン。先輩、大丈夫ですか?息苦しかったり気分が悪かったりはしませんか?』


今回も留守を任されているマシュに問われた立香は「大丈夫だよ」と返してはいるが、この光景に度肝を抜かれている。

当然だ、ここは「世界の屋根」と呼ばれる大山岳地帯の地下なのだ。
それにも関わらず、陽光に照らされた草原に豊かな木々、雲まで浮いている。しかしその向こうにはうっすらと、険しい山が連なっていき、やがてその山々は巨大な壁となり、空まで続いていた。


「俺が生きてた頃はこんな空間聞いたことなかったけどなァ!」

「当たり前だろ、東トルキスタンの地底にこんな巨大空間、物理的に存在できるわけない」


アーラシュは陽気に笑っているが、こんなものがずっと歴史に存在していたわけがない。

中央アジア、と一言で言っても、その範囲は広大だ。現代で言えば、おおむね「〜スタン」という名前の国が集中するあたりが中央アジアを示す。
文化的には、ここにカスピ海を挟んで西岸のアゼルバイジャンや、中国西部のチベット高原・新疆ウイグル自治区を含む。

特に、カスピ海からウイグルまでのユーラシア大陸中央部は、古来よりトルコ系民族の住む土地だったことから、トルキスタンと呼ばれることがある。トルキスタンは西と東で文化が異なるが、この境界となるのがパミール高原、通称「世界の屋根」である。
パミール高原からは、北東に天山山脈、南東に崑崙山脈、ヒマラヤ山脈と世界最高峰の山々が連続し、南西にはパキスタンを貫くヒンドゥークシュ山脈が伸びる。
また、高原の東、天山山脈と崑崙・ヒマラヤ山脈に挟まれた広大な盆地はタクラマカン砂漠とゴビ砂漠が広がり、タクラマカン砂漠にはウイグル人が、ゴビ砂漠にはモンゴル人が分布する。

タクラマカン砂漠周辺の盆地は新疆ウイグル自治区となっているが、もともとウイグル人はモンゴルから満州のあたりに暮らしていた民族だ。それが11世紀から12世紀にかけて、異民族や中国の圧迫によって西に大移動し、パミール高原の東側一体、すなわち東トルキスタンに移住した。
これによって、東トルキスタンに暮らしていたトルコ系民族が玉突き事故のように追いやられる形となり、シルクロードを通って西アジアへと大移動する。
こうしてトルコ系民族はペルシアからメソポタミアを経てシリアへと至り、ここにセルジューク朝を建国。アナトリア半島を征服し、ビザンツ帝国を圧迫したことで、ビザンツ帝国は西欧に救援を求め、第一回十字軍が組織されることになる。

現在トルコと呼ばれるアナトリアにトルコ人が暮らし始めたのはこのときなのだ。

やがてハサンやリチャード1世が活躍する十字軍時代を経てエルサレムは陥落。そしてジャンヌ・ダルクが活躍した百年戦争終結と同じ年である1453年にトルコ系の大帝国オスマン帝国がビザンツ帝国を滅亡させた。このビザンツ帝国から逃れた学者たちを中心に、イタリアでの古典文化再興運動であるルネサンスが盛り上がり、ダ・ヴィンチのような人物が活躍する近世が始まるのである。

12世紀から13世紀にかけてのユーラシアでの大動乱と大移動の数々は、こうして世界の歴史を大きく変革することになる。

それほどの重要性をもったこの中央アジアにおいて、これだけの空間が存在していたというのはあり得ない。そもそも、プレート運動によって大陸が衝突したことで生まれたのがヒマラヤ山脈などの大山塊なのだ、地学的にもこれだけの空間は説明できないだろう。


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