伝承地底世界アガルタI−5


『君たちがいる空間は、異常はないが正常ではない、という状況だ。すべてが通常の自然法則に則っているわけではない、と言い換えてもいい。そうだね、いつまでも地下空間と呼ぶのも味気ないし、その空間は今後「アガルタ」と呼称しよう』

「エレナが言ってたやつ?」

「そうだな。エレナが提唱したものじゃないけど、彼女の思想体系に組み込まれた欧州オリエンタリズムのひとつだ」


エレナ・ブラヴァツキーは、一般社会ではオカルトの元祖として、魔術世界では独自の魔術研究体系を構築した人物として知られる。
もとはロシア帝国支配下のカスピ海西岸、カフカス地方の総督の妻だったが、自由奔放な生き方を選び、インド神話をはじめとする東洋思想に傾倒しながらアメリカなどで活躍した。
第五特異点において、インド神話とケルト神話が織り交ざった神話大戦が繰り広げられる中、近代の英霊としてエジソン側についていた。

エレナの著書には、アガルタに関する記載もある。同じくエレナがオカルト文化の重要なテーマとして広めることになる地球空洞説のひとつとして、中央アジアには巨大な地下空間があるという説を提唱した。


「オリエンタリズムって?」

「定義はいろいろだけど、19世紀帝国主義の時代、欧州列強諸国はこぞってアジアを植民地化していく中で、現地の見慣れぬ文化に興味津々だった。マルコポーロの『世界の記述』で記された黄金の国ジパングが最初の例だろうな。これを第一次ジャポニスムという。エレナたちの生きた時代は第二次ジャポニスムといって、より実際の文化に近いものが流行するんだ」


黄金の国ジパングはフィクションの物語でしかなかったが、その後、ゴッホなどがこぞって真似した浮世絵に代表される日本文化の広まりは、第二次ジャポニスムとして受容される。なお、〜ズムと言わないのは、これがフランスの文化論であり、フランスでは〜smを濁った発音にしないためだ。


「欧州本国のジャポニスムとは別に、植民地の現地に駐在する白人たちの間では、より地域の伝承に基づいた東洋のフィクションが受容されていく。その中で、インドのフランス植民都市だったシャンデルナゴルのフランス人が生み出したのが、インド神話における理想郷、伝説の国シャンバラから着想を得た地下世界だ。チベットではシャングリラにあたるものだな。これと北欧神話のアース神族の国家アースガルズが組み合わさって、アガルタが生まれた、とされる」

「じゃあもともと中央アジアにあったものじゃないんだね」

「この辺ではシャンバラかシャングリラのほうがなじみ深いな」


古ノルド語では都市をガルドといい、国や地域を指すときにはガルズと変化させる。たとえばロシアのノヴゴロドはホルムガルド、イスタンブールはミクラガルズと呼んでいた。
アース族の国としてアースガルズというものが神話に語られるが、これがインド駐在のフランス人によってシャンバラ伝説と合体し、アガルタという名称が発生したと考えられている。


『相変わらずだね唯斗君は。その通り、そしてエレナ女史はその分野のエキスパートだ。もしその特異点にいるのなら早めに合流できればいいのだけど』

「そうだね、唯斗に任せきりってわけにもいかないし」

「しかーしっ!何も心配することはないよマスター!どんな場所でも頼りになるサーヴァントがすでにいるじゃんかー!そう、たとえばこのボクとかね!」

「………えっ!?!?」


突然、その場にまったく別の声が響いた。軽快な声に、一瞬立香の動きが止まってから、立香はすぐ隣に現れたサーヴァントに素っ頓狂な声を上げた。

なんと、アストルフォがいたのである。


「マシュ、コフィン担当のスタッフにお礼を言っておいてね、密航の手助けありがとうって!」

『了解です、ありがとうございます、ミスター・ムニエル。そして言うまでもなく罰則行為です。処罰はありませんが、ボーナス査定に若干の影響が出るかと』


どうやらムニエルがアストルフォの願いを聞き入れて、勝手にレイシフトを手配していたらしい。もともと後からレイシフトできる余力があったため、それを使ったようだ。


『アストルフォの頼みだから一片の悔いはなし!』

「まぁ、頭はともかく戦力にはなるな」

「ちょーっとどういうことかな唯斗?」


一言でいえばイカれているタイプのサーヴァントだが、その戦力は間違いない。アストルフォは唯斗に詰め寄ろうとしたが、アーサーが制した。アストルフォはさすがにアーサー王相手に強く出ることはしないようで、そういうところはやはりシャルルマーニュ十二勇士らしい。


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