伝承地底世界アガルタI−14
イースに向かって川沿いに進みながら、ようやくこの空間の地形データがカルデアから送られてきた。唯斗と立香が別々に行動したため、かなりの領域が測定できたらしい。
「これは…カフカス地方か?」
「カフカス?」
右手の通信端末からホログラムで投影した地図は、カフカス地方のように見えた。
東の湖がカスピ海で、西側の地形も黒海の海岸線に見える。立香は名前にピンときていないようだったため、いつも通り唯斗が説明する。
「カスピ海と黒海に挟まれた狭い地域で、北はロシア、南はイランとトルコという、ヨーロッパと中東との境界線の一つだな。イスラームとキリストの境界線でもある。コーカサスとも呼ばれるな。南カフカス地方はアルメニア、ジョージア、アゼルバイジャンの三カ国があって、北カフカスはロシア領になってる」
「でもなんでそんなところが…?座標自体はヒマラヤあたりなんだよね」
「それは謎だな。ただ、アマゾネスは黒海沿岸に暮らしたと言われる部族だ。ちょうどこの空間で奴らが本拠地にしてるっていう、エルドラドの密林があるあたりが、地形的には黒海沿岸に相当する。これから行くイースは、アゼルバイジャンの首都バクーにあたる場所みたいだ」
アマゾネスを率いるエルドラドのバーサーカーは、概ねあたりはついている。アマゾネスの有名な英霊と言えばペンテシレイア一択だ。
ただ、なぜエルドラドなのかは分からない。エルドラドは南米に存在すると言われた黄金郷のことで、ギリシア神話とは関係がないのだ。黒海沿岸だって密林ではない。
南米のアマゾン川は、この川の流域に女性だけの部族があると入植者の間で噂になったことから、ギリシア神話のアマゾネスから名付けられることになったため、まったくの無関係ということでもないが、関係が薄すぎる。
そのあたりについては、今後考えていくしかないだろう。
すると、唯斗の背後から地図を覗き見たアーラシュが「お、」と声を発する。
「懐かしい地形だなぁ。桃源郷、ってのは、タウリスのあたりにあんのか」
「タウリス……タブリーズのことか?」
「現代ペルシア語だとそうなるな。ま、俺の時代にもなかった都市だけどな。東アーザルバーイジャーン州、だっけか?」
イラン北西部の古都タブリーズは、東アゼルバイジャンという地域に属するもので、文化的にアゼルバイジャンに近しい。タブリーズが最初に文献で確認できるのは3世紀、ササン朝ペルシアのことであるため、神代のアーラシュの時代にはなかったようだ。
さすがに自分の故国であれば、現代の知識が与えられているらしい。それでも曖昧そうにしているのは、ペルシアがイスラーム以前と以後とで大きく異なるからだろう。
『先輩、唯斗さん、そろそろイースに到着します。前方の城壁は見えますか?』
そこに、マシュの通信が入った。言われて前を見ると、林を超えたところで、大きな城壁が川の先に聳えているのが見えた。あれがイースだ。
「見えたよ、マシュ。忍び込めるかな?」
『はい、あれは侵入を防ぐ城壁というより、浸水を防ぐ堤防としての役割を担っているようです。あちこちに入れるところがあるので、最短距離を提示します』
「了解」
マシュはすぐにルートを選定してくれた。
それに従って城壁の小さな扉から市内に入ると、呆気なく侵入を果たす。
そこには、水路が張り巡らされた街並みが広がっていた。
デオンは街並みを眺めてから、眉根を寄せる。
「これは確かに…ヴニーズを思わせる。だが、あの麗しき水の都と比較するなら…」