伝承地底世界アガルタI−15


水の都ヴェネツィアのような美しさはなく、確かに建物は瀟洒に見えるが、街並みはひどく汚かった。そこらじゅうに散らばるゴミ、運河にもゴミが漂い、下品な笑い声や怒声も聞こえる狂騒だ。
フェルグスも、細目を寄せて、ショルダーバッグのベルトを握りしめる。


「街の雰囲気はとても、麗しい、というものではないですね。こんな、こんなのは…」

「唯斗、なんか違和感とかある?イースって、唯斗のフランスの故郷にあった街なんだよね」


立香は漂う酒の香りに顔をしかめてから、唯斗に問いかける。唯斗も、あまりに退廃的な街に、伝説通りだな、と思っていたところだった。


「伝説に語られる光景とそう大差ない。ちょっとバイオレンスだけど…ただ、イースは非実在都市だ。確かにブルターニュは津波を経験しているけど、大都市が一つまるごと消滅したって話はない。それに、街並みも、ブルターニュっぽさよりカレーやカーンの方が近いな。なんかこう、実際のブルターニュってより、フランスの港町っていう漠然としたイメージを絵に描いたみたいだ」


このイースの街並みは、木組みの家々が立ち並ぶものだ。

そもそも、このフランスやドイツで見られる木組みの家というのは、窓枠の重さを支えるための建築様式である。次第に華美なものに装飾していった結果、ドイツで見られるような美しいものとなり、フランスでもストラスブールのアルザス様式が有名だ。
一方、ブルターニュの木組みは、このもともとの窓を支えるという目的で作られた頃から変わっていないため、非常に素朴だ。建材の特性もあって、ブルターニュは色味の乏しい牧歌的な街並みなのである。まさにモンサンミッシェルの色合いがブルターニュの色だ。
ブルターニュの有名な港町といえばサン=マロが挙げられるが、サン=マロも同様に灰色を基調とした光景になっている。


「うーん、ボクも唯斗の意見に同じ!なんかこう、昔のパリースィイーよりも色合いが華やかだし。ちょっと違和感」

「そうなのか?私の過ごしたパリは絢爛なものだったが…他ならぬ地元民と、時代的に近しい中世中葉の君が言うのなら、そうなんだろう」


パリースィイーはパリの旧名Parisiiのことだ。確かにアストルフォは、時代的にはイース伝説の舞台に近い。もちろん、最も近いのはほぼ同じ時代を生きたアーサーだが。

アストルフォはそろそろ街を眺めるのみ飽きたようで、立香を振り返る。


「それで?どうやって支配者のところまで行く?」

「ゴンドラを奪うか?操舵は俺が多分できるぞ」


ライダーは水路を進むことを提案したが、デオンは首を横に振る。


「それはどうしても目立ってしまう。まずは可能な限り徒歩で街の奥へ進もう」

「そうだね。でも大丈夫かな、可愛い獣もいるし」

「フォウ!」


立香は今回も勝手に着いてきていたフォウを肩に乗せて撫でながら冗談めかして言った。アストルフォもその白い毛並みを撫でながら、なぜか分かる、というように頷く。


「そうそう、可愛いのは目立っちゃうよねぇ。フォウ以外にもいるから余計にさ。誰とは言わないけど」

「唯斗とかね」

「ちょっとマスター?」

「何言ってんだお前ら…とりあえず、デオンがスパイ行為なら任せられるけど、さすがに人数が多い。俺たちは迷彩術式で別ルートから進むから、立香たちはデオンの指示で動いてくれ」

「ああ、とりあえず私についてくればいい」


ふざけたことを抜かすアストルフォと立香に呆れつつ、唯斗は次の行動を決定する。いくらデオンが隠密行動に長けていても、純粋に人数が多すぎる。
立香とアストルフォ、デオン、フェルグス、ライダーは隠れながら市内を進み、唯斗とアーサー、アーラシュ、ギルガメッシュは迷彩術式でなるべく最短経路を進むという手はずだ。

そして本拠地であろう建物を二人のどちらかで手分けして発見し、見つけた方に合流する。あとは、カチ込むだけである。


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