伝承地底世界アガルタII−1
水没したイースを離れ、一同はその足で北部の険しい山岳地帯にやってきた。
その山を越えた先、もうこの空間の端となる巨大な壁に沿って、大都市が築かれている。これが不夜城だ。
いざというときに外から駆け込めるよう、ライダーは街の外に残ってレジスタンスをまとめることになり、中への突入はカルデアで行うことになった。
侵入自体は容易であり、宵闇に乗じて城壁を越えることは簡単だったものの、中に入るとその明るさに驚いた。
「不夜城、って言葉通りだな…」
路地裏から表通りの明るさを見上げた唯斗が思わず呟くと、通信でダ・ヴィンチも同意する。
『まさに、中国で語られる通りの街並みだね』
「不夜城って言うなら城があるのかと思った」
立香の疑問も尤もであるため、唯斗が代わりに答える。
「中国では城は街を意味する言葉だ。日本や西洋の城は『宮』の字を使う。日本も帝が住むところは宮、武将が住むところは城って言ってたし、欧州でもパレスとキャッスルは別だ」
「なるほど…じゃあそういう街があったってこと?」
「古代都市の名前としてな。山東省、煙台市あたりにあったとも言われる場所で、山東省が斉という国だった頃の歴史書、斉書とかに記述がある」
すると、聞いていたフェルグスがやはり不安そうにこちらを見上げて尋ねてきた。あの大男になるとは思えないあざとい角度である。
「あのアサシンについては何かご存じですか?カルデアでも観測などは…」
『イースと違って、不夜城の支配者については定かではないんだ。だから、全然関係ないサーヴァントがたまたまここを根城にしているという可能性もある。そのあたりどうだい?唯斗君』
不夜城は伝説で語られるだけのものであり、詳述したものは存在しない。そんなものがある、というだけの話なのだ。
なにせ、夜でも明るいという都市伝説めいた話として盛り込まれたものでしかなく、当時すでに中国には大都市がいくつも存在していたことから、この話が語られる余地がなかった。
ダ・ヴィンチはそうしたことも含めて、唯斗に意見を求める。この万能の天才に聞かれても、とは思ったが、とりあえず推測を述べることにする。
「あのアサシンは立香を中国語のあだ名で呼んだ上に自らを女帝と言った。それが事実だろうと誇張だろうと比喩だろうと、そこまで言えるなら候補は極めて絞られる」
『なるほど、中国の英霊で女帝と言えば…広くとっても3人かな』
「あぁ。則天武后、韋后、そして西太后。実際に帝位についたのは則天武后だけだけどな」
唐代に帝位を簒奪した女傑・則天武后、その次の皇帝の妻でありながら帝位につこうと目論んだ韋后、そして清朝末期に中華帝国終焉をもたらした権力者である西太后、この3人が候補として上がってくる。
「順当に考えれば則天武后かもしれない。西太后は近代すぎる、このときの中国を生きた英霊と言えば李書文だけど、神槍でやっとってことだしな。韋后は英霊になるには功績がない。となると、のちに唐代、ひいては中国史上最も優れた治世をもたらす下地を作り上げた則天武后が妥当なところだろ」
『開元の治は彼女なくして起こりえなかっただろうからね。確かに納得だ。ただ、その3人のいずれだったとしても、何か手立てがある、というわけではないだろう。弱点も何もないからね』
「そうですか…いえ、それでもある程度推測が立てられる唯斗さんがいらっしゃるのは心強いです」
フェルグスは微笑んで剣を握りしめる。こうしてみると本当に純朴な少年だ。
「とても俺に『君なら抱ける』とか言ってきたヤツと同じとは…」
「えっ!?!?」
「…マスター、それは初耳なんだけれど」
思わず感心して言ってしまった唯斗だが、フェルグスは素っ頓狂な声を上げて動揺し、アーサーはゆらりと黒いオーラを纏う。慌てて唯斗は話題を変えた。