伝承地底世界アガルタII−3


表通りと路地とを交互に歩きながら広場に向かう道すがら、何度目かの路地裏を歩いているときに、ギルガメッシュが口を開いた。


「…して、唯斗。不夜城のアサシンとやらの正体は則天武后ということでお前の中では固まっているのだな?」

「このくらいあからさまだとな」

「その則天武后という女帝は、暗殺に秀でていたのかい?」


アーサーも敵が気になるのか尋ねてくる。記憶を引っ張り出しながら、唯斗は曖昧に頷いた。


「多分、史実としては暗殺にはそこまで縁がなかったと思う。もちろん、女性が帝位につくということに反発する勢力が企てたことはあっただろうけど、則天武后は自らに暗殺の手が及ぶ前に政権を盤石なものにしてみせた。ただ、後世に稀代の悪女みたいなフィクション設定が付け足されていったのは確かだな」

「なるほど。後世の創作逸話が力を持っているタイプの英霊、というわけだな。ならばそれなりに厄介な相手であろう」

「女帝、という観点からはどうだろう?彼女は優れた、あるいは名君だったのかな」

「そこも微妙なところだ。ギルガメッシュの言うとおり、英霊としては後世に付け足された情報の方が力を持ってるかもな。ただ、女性の君主としては、大英帝国のヴィクトリア女王に次ぐ面積を支配した人だし、君主権の強さで言えば、立憲制の英国女王より絶対的な権力を持っていた。絶対王政としての女帝で言えば、マリア・テレジアを上回る世界史上トップクラスの人物だ」


世界最大の面積を支配したイギリスの女王ヴィクトリアは、その治世において英国を世界最強の覇権国家へと押し上げたのは確かだったが、一方で議会制にすでに移行していたこともあって君主としての権力はあまり大きくなかった。
もちろん、彼女の属したザクセン=コーブルク=ゴータ家から欧州の王家に多くの娘が嫁いだため、現代でもベルギー王家などが傍系となっている。そういう意味では強い権勢を持った人物と言える。

君主権の強さで言えば、ロシアの女帝エカチェリーナやオーストリアの女帝マリア・テレジアの方が強いが、その統治した国家の巨大さで言えば則天武后の方が格上だ。
なにせ中国最盛期である唐代の帝国を支配したのだ。


「何にせよ、キャスタークラスのギルガメッシュが頼り…って、なんだ」


路地を進んだ先にある広場に、何やら多くの人々が集まっているのが見えた。
路地からは出ないで留まり、目をこらして広場の中央を見つめる。それがなんなのか理解する前に、そこに立った老婆が群衆に告げた。


「聞け、臣民たちよ。この者は罪を犯した。この泰平なる光輝の楽園、不夜城からの逃亡を企図した罪である」

「あれは…、」


老婆は巨大な鉈を持っており、広場中央に置かれた台の上に立っている。同じ台の上には、男性が棒に括り付けられており、両腕を他の老婆に鷲づかみにされていた。


「酷吏の処刑が見られるなんて、今晩は散歩した甲斐があったというものね」

「ええ、陛下の裁きに触れられるんですもの」


近くで話している女性たちの言葉から、あの老婆が酷吏と呼ばれる者だと分かる。
酷吏とは、漢の時代に法を執行する者として史記に記された官吏のことで、次第に法を威にかざしていたずらに刑を執行する者を指すようになっていった。また、時代によっては死刑などを実行する汚れ役全般を意味するようにもなる。
とどのつまり、酷吏があそこで行おうとしていることは明白だ。


「貴様の指の先を切り落とす。次は指の中ほど、腕、肩、そうして端から少しずつ切り落とされ、貴様という存在が消えてなくなるまでそれは続けられる。すなわち陵遅である。陛下の御慈悲に感謝するがいい。お前が他の者より長く、自らの罪を悔い、噛みしめる時間を与えられた」

「いや…いやだああああ!!!」


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