伝承地底世界アガルタII−6


最上階、玉座の間に全員で押し入ると、その玉座にはアサシンが堂々と座っていた。隣には中東風の衣服を着たサーヴァントもいる。


『マスター、不夜城のアサシンの隣に立っている女性もサーヴァントです!』

「ん?そういえばお主らはこいつのことを知らんのか。よい、許すぞ。自己紹介せい」

「はい、では…私はこの方に軍師としてお仕えする、キャスターのサーヴァントです……」


アサシンの隣に立っているキャスターは軍師だという。どこか怯えたような覇気のない人物だ。古代から中世初期にかけての中東の踊り子らしき服装に見える。
ちらりとアーラシュを振り返ったが、アーラシュは肩を竦める。同じ時代の人物ではなさそうだ。

デオンは軍師という肩書きに意外そうにする。


「ほう、軍師か。意外だな。お前はただ、思うままに国を動かすタイプに見えていたが」

「何を言う。優れた統治者は人をうまく使ってこそ。妾は人材登用には重きを置いているぞ。このキャスターもそうじゃ」


アサシンとキャスターの話すところによると、どうやらこのキャスターはもともとイースにいたらしく、イースを見限って不夜城についたらしい。ダユーが裏をかかれたのは、このキャスターがアサシンに水門の鍵のありかを教えていたからだろう。


「そうそう、話に出たので聞くが、どうじゃ?妾の不夜城は。イースなどとは比べものになるまい?」

「両方絶対住みたくない」

「うむうむ、答えは聞くまでもな…は、はぁぁあああ!?」


アサシンは絵に描いたような落ち方で玉座から滑り落ちたあと、わなわなと震えながら戻る。


「ば、馬鹿な、妾に拝謁までしておきながら、この国の素晴らしさが分からぬ暗愚じゃったと…」

「逆にどこから来るのさ、その自信」


アストルフォすら呆れたようにしているが、アサシンは胸を張る。


「何を言う!この不夜城は光輝の都!そして光輝とは正義、つまり正義しかない街ということ!」

「っ、馬鹿を言うな!男たちは怯え、密告が横行し疑心暗鬼に陥っている!」


デオンは糾弾する。しかしアサシンは澄ました顔でなんでもないように返した。


「当然じゃ。妾は密告を奨励しておる。悪を隠してはならん、罪を覆ってはならん。密告すれば、あとは忠実なる酷吏が罪を暴き出す」


この不夜城における密告は、アサシンが自ら奨励するものだった。このことからも、アサシンの正体はもう特定できたも同然だ。
フェルグスは困惑しながらも問題点を真面目にも指摘する。


「それは、色々問題がありすぎるでしょう。冤罪に勘違い、他にも様々な過ちが起こるかもしれない」

「否。それは他の三流国家の場合じゃ。真に正しき国で、真に正しくあろうとするならば、間違いも冤罪も起こりえぬ。確かに不夜城はまだ歴史の浅い都ゆえ、間違いも起ころうが、それは産みの苦しみというやつよ。しかし今の段階でも、この国はイースやエルドラドとは比べものにならぬほど平和であり、秩序がある」


アサシンは玉座から立ち上がると、こちらを睥睨した。


「今一度言うぞ?真に正しき国ならば、密告は理想の令。悪の存在は許されず、相互監視により小さな悪の誕生すら許されず…正しくあろうとする方向性そのものが人を正していく、と言ってもよいな!」

「それは違うだろ。特に、唐の理想じゃないはずだ」

「………ほう?」


唯斗はアサシンを毅然と見上げて反駁した。真名を理解したことに気づいたのか、アサシンは楽しげに片方の眉を上げる。


「密告を制度化した国が成功した例は人類史に存在しない。社会文化の発達した近現代であっても、帝政日本、ナチスドイツ、チェコスロバキア、共和制スペイン…すべて崩壊した。人が個々人の判断で正しくあろうとする試みそのものが正しくないからだ」

「言うではないか魔術師。正しき者などこの世にはいないと?」

「正しさとは相対的なものだ。絶対的な正しさがないから法が生まれた。そして、正しいかどうかなんて理由がなくても、人は生まれながらに生きて幸せになる権利があるから、生存権を自然権と言うんだ」


中国の最盛期たる唐の時代、その最大の功績は、7世紀にして完成された法治国家を築き上げたことだ。
律令格式というもので、律は刑法、令は民法などその他の法、格は補足、式は施行細則を示す。
巨大な官僚機構がつくられ、衆議院にあたる中書省、参議院にあたる門下省、そして内閣にあたる尚書省および行政省庁にあたる六部でもって三省六部という組織が構築された。

不完全ながら三権分立にも似た均衡を持った官僚機構が機能したこの唐の時代というのは、日本では平城京すら完成していない時代であり、中東ではイスラームが生まれようとしており、西欧ではようやくフランク族によってローマ帝国崩壊後の混乱が収まろうとしていたような、そんな時代のことだ。

法とは、絶対的な正しさがない中で共同体を運営するために人類が生み出した規範であり、基準である。古くはメソポタミアのハンムラビ法典に始まり、中国の律令制、イスラームのクルアーン、イギリスのマグナカルタ、近代ではフランスのナポレオン法典やポーランドの5月3日憲法など進化を続けてきた。

やがて、社会学者のルソーなどによる人権理論の大成によって、人が生まれながらに持つ権利であり、刑罰以外で決して損なわれてはならないものとして、自然権が生まれた。
自然権を侵害して命で以て刑罰を償うものを生命刑といい、死刑や無期懲役がこれにあたる。そして残酷な死刑に対して自然権とのバランスを取ろうと考えたのが、他ならぬサンソンだ。


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