悪性隔絶魔境新宿I−13
そこから少し行けば、アルトリアが「こちらに気配がある」と言って路地を曲がる。狭い車線のない道に入ると、そこに、アスファルトに倒れる女性の姿があった。
ばっさりと切られたブロンドの髪に黒ずくめの武装、黒い旗、紛れもないジャンヌ・オルタだ。
倒れて目を閉じるジャンヌに、アルトリアはすぐ近くまで近寄って見下ろした。
ジャンヌは気配に気づき、咄嗟に起き上がって飛び退る。
「……誰かと思えば、いけ好かない冷血女」
「その通りだ、突撃女」
二人とも変転しているとは言え高位のサーヴァント、互いに存在を知覚していたため、すでに一度挨拶は済ませているらしい。
「何よ、私とあんたは互いに好きに動きってことで話はついてるでしょ」
「それがそうもいかなくなった。なぜならこちらにはマスターがついたからな。そう、マスターがついたからな!」
「ハァ!?マスター…マスター!?あんたに!?何にでも噛みつくカミツキガメみたいなあんたに!?」
「ふ、できる女は違うということだ、突撃女」
「むかつく!でもどうせあんたのマスターなんて大したことないんでしょ!?ろくでもない…」
そう言いながらこちらを見たジャンヌは、しばし目をパチパチとさせたあと、ひとつ深呼吸する。
立香は一応、「どうも…」と挨拶していた。
「…ちょっとあんた、騙されてるわよ。仮にも世界を救済したマスターでしょ。もうちょっとマシなサーヴァント見つけなさいよ」
「そのもうちょっとマシなサーヴァント、私見参!」
ずいっと前に出たアーチャーに、ジャンヌはまた言葉を失う。
どうやらジャンヌは第一特異点の記憶を有しているようだ。というより、オルタ化した存在というものがあの特異点の聖杯によって生み出されたものだったからだろう。
ジャンヌはアーチャーとアルトリア、そして唯斗とアーサーを見てから、最後に立香に視線を戻す。
「あんた、私をサーヴァントにしない?この二人よりましな戦いができると思うけど。いえ、そっちの顔がいい方でもいいわ。マスターとしての資質はむしろあんたの方が高いし、冷血女とそのマスターに吠え面かかせるのも一興だわ」
「ほう?私とお前とでマスター勝負ということか?」
何やら盛り上がろうとしたのを理解した唯斗は慌てて止める。
「いや待て、俺たちは別に競い合うためにここにいるんじゃないし、それに立香の方が格好いいだろ」
「…えっ!?」
「あ、やべ。とにかく非合理的な遊びはやめてくれ」
つい言ってしまった唯斗の言葉に立香が顔を赤らめる。唯斗としては純粋に本心だったため、それ自体はさておき変なことはしないよう二人に求めた。
すると、それを見たジャンヌは面白そうにする。
「ふーん?あんた、随分と人間的に成長したものね。フランスのときは無気力そうだったのに、そいつとそこまで仲良くなるとは。それに、とんでもない英霊も従えてるみたいだし?」
ちらりとジャンヌは後ろのアーサーを見遣り、さらにニヤァと笑みを深めた。
「差し詰め運命の王子様といったとこかしら?」
「は!?な、に言って、」
途端に動揺した唯斗に、ジャンヌはけらけらとおかしそうに笑った。アーチャーといい、そんな一目見て分かるものだろうか。
「おいアーサーお前分かりやすすぎだろ」
「この場合、唯斗が分かりやすいんじゃ…」
「なんか言ったか立香」
「なんでもないです」
立香は立香で、恐らくここに来る前から唯斗とアーサーのことは察していたのだろう。そもそも第六特異点の後に距離が近づいたことすら察していたのだ、時間神殿から帰還した後に収まるところに収まった二人に気づかないわけがない。
「お熱い二人を邪魔するわけにもいかないし?その冷血女とあたしどっちがサーヴァントとして相応しいか、同じマスターに比べてもらう方が妥当でしょうから?藤丸立香、あんたがマスターになりなさい」
「俺はいいけど…」
ちらりとこちらを見た立香だったが、気恥ずかしさでまともに顔を見れない唯斗に代わってアーサーが答える。
「問題ないよ藤丸君。マスターのことは僕が…僕だけが守ることにしよう」
「っ、アーサー!」
「あっはっは、滑稽ね!」
「異世界の姿とはいえ私も恥ずかしくなってくるな」
まさかのアーサーが乗っかるという事態に、唯斗は振り返ってアーサーをどつく。それをにこやかに受け止めるアーサーを見て、ジャンヌは大笑いし、アルトリアはため息をついた。
立香は微笑ましそうにしながらジャンヌと仮契約をする。
「ふむ、アーサー王が振り回しているようで、その実、雨宮君の方が予期せぬ言動でアーサー王を振り回していそうだネ」
『ご明察だよ。アーサー王どころか、ケルトの槍兵にパリの処刑人、ペルシアの弓兵、イリアスの英雄や古代エジプトのファラオに果てはウルクの王まで手玉でコロコロさ』
『唯斗さんは先輩同様、素敵な方です。名だたる英雄たちが信頼を寄せるのも道理なのです』
「マシュはそのままでいてね…」
失礼な推理をするアーチャーに同意するダ・ヴィンチ、その意図に気づいていないマシュ、それに感慨深そうにする立香と、容赦ない追い打ちの数々に心が折れそうになった。
ただ、「これで彼らの目を憚らずにイチャつけるね」とのたまった騎士王に魔力を籠めた拳を入れるくらいのことはできたのだった。