伝承地底世界アガルタII−10


すると、アーラシュはニヤリとした。いいことを思いついた、という、アーラシュにしてはあくどい顔だ。


「そういやセイバー、あの眼鏡の嬢ちゃんとは結局どこまでいったんだ?」

「な…ッ、ちょ、アーチャー…!!」

「マスター三人連続切りとはやるなァ」

「そ、そういう関係では…!マスター、断じて違うからね、」


アーラシュの言葉に、アーサーはとてつもなく動揺した。ここまで動揺しているところはなかなか見ない。

ベッドに座る唯斗の正面でわたわたとしているアーサーと、それを見て溜飲を下げているアーラシュ。旧知の仲である二人ならではの空気感なのかもしれないが、唯斗は胸の奥でムカムカと湧き上がる謎の感情らしきものに、知らず眉根を寄せていた。睨んでいる、のかもしれない。正直かなり苛立っているような気がした。自分のことなのに、そのあたりはひどく曖昧だ。


「……アーラシュ」


思ったよりも低い声が出たため、アーラシュはびくりと肩を揺らした。アーサーもぴしりと動きを止める。


「…俺はそういうの嫌いだ。前のマスターのことなんだろうけど、アーサーにとってはブリテンを巡る考え方を変えるきっかけになった大事な人だろ。だから、そういう揶揄の対象にするのは不愉快だ。逆に、アーラシュは俺のことを他人にそういうからかわれ方してもいいんだな」


淡々と言った唯斗に、アーラシュはなぜか背筋を伸ばして姿勢を正していた。そして、極めて申し訳なさそうに、眉を下げて頭を軽く下げた。


「……悪い、マスター。悪ふざけが過ぎたな。もちろん、お前さんをそういう風に揶揄されたら、俺も黙っちゃいねェだろう。悪かった」


アーラシュの真摯な言葉に、唯斗は逆に冷静になった。今かなり、感情に任せて言葉を放ってしまった。迂遠な言い方もせず、非常にダイレクトな表現だったはずだ。


「…いや、俺も言い過ぎた。今言ったことは全部本心だけど、でも、なんか、今の話聞いてよく分からないモヤモヤっつか、イライラっていうか、そういうのを八つ当たりみたくぶつけてた」

「マスター、そりゃ……」


唯斗の言葉を聞いたアーラシュは意外そうにする。アーサーも驚いたようにしていた。何事かとアーサーを見上げると、アーサーはなぜかとんでもなく嬉しそうな顔をして、唯斗を抱き締めながらベッドに倒れ込んだ。


「マスター!!」

「うぐ、」


もちろん体重は乗せられていないが、思い切り抱き締められながら倒れたため少し苦しい。ここまではっきりアーサーが感情を発露させることも珍しい。
アーラシュを見遣ると、アーラシュは苦笑していた。


「マスター、そいつは嫉妬ってやつだ」

「…嫉妬。これが、そうか……」


どうやら唯斗は、アーサーの過去のマスターをからかわれたことへの不快さとは別に、単純に過去のマスターへの嫉妬も抱いていたらしい。そうした感情を抱くことが初めてだったため、戸惑ってしまった。
ふと、先ほどアーラシュも同じ感情を口にしていたと思い出す。こんなものをアーラシュにも抱かせていたのだろうか。


「あぁ、いや、俺のことは気にすんな。一応、これでも大人なんでな」

「え、よく分かったな、俺の考えてること。読心でもできんのか」

「?できるぞ?言ってなかったか?」


なんと、ここに来てとんでもない事実が明らかになった。アーラシュの千里眼は人の心にも及ぶらしい。そんなことは一言も聞かされていなかった。


「な…え、知らねぇけど!?」

「わり、言った気になってた。そりゃいつも筒抜けってわけじゃないが、まぁ、強い感情は自然に分かっちまうし、見ようと思えば見られるな。ただ、マスター相手に意図的に内心を見たことはねぇぞ」

「…でも、わりと筒抜けだったんだよな、俺、そういうの隠すの得意じゃねぇし……」

「まぁ、マスターはそれ以前に分かりやすいからな」


そうは言っているが、きっとアーラシュにはかなりの感情が筒抜けだったことだろう。とてつもない羞恥心が込み上げてくる。アーラシュとも長く一緒にいるため、今まで様々なことがアーラシュに伝わってしまっていたはずだ。
アーサーはようやく体を離して起き上がり、羞恥に震える唯斗の頭を労るように撫でた。


「アーチャーは相手の意図を探るために心を覗くことはあっても、出歯亀みたいなことはしないさ」


そんなフォローも焼け石に水である。ただ、唯斗も意趣返しくらいは、先ほどのものも合わせてやってやってもいいのでは、と思い至る。
唯斗もベッドの上で上体を起こしてアーラシュの方を見る。


「じゃあ、今考えてることも分かるか」

「お?」


唯斗はそう言って、内心で感情と言葉を明瞭にする。


(アーラシュのことも、たまに抱かれたいくらい格好いいって思ってる)

「…ッ、やりやがったな……あーくそ、降参だ降参」


アーラシュはパッと顔を赤くして、両手を挙げて降参だと言った。アーサーは途端に「何を言ったんだ」という顔をしたが、こんなこと言えるわけがない。


「言葉にしなくていいのは、それはそれで便利だな」

「あんたは本当に強かになったなァ…さっきもめっちゃ怖かったしよ」


顔を伏せたアーラシュ、動揺するアーサー。唯斗はすっきりして、外の桃でも摘みに行こうかと立ち上がった。


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