伝承地底世界アガルタII−15
コロンブスの功績は、大陸の発見ではなく、西回り航路の発見と確立である。すでに文明があったアメリカを「発見」したとは見なされていないからだ。
その功罪はまさに、欧州近代文明の発展そのものを端的に表現するものである。大航海時代、宗教改革、そして産業革命とフランス革命と人類文明を前に進めた一方で、アフリカや南米、アジアの人々を大いに苦しめた。
「目的は分からないし、そもそも本当にライダーがやったのか、ライダーがコロンブスなのかも分からない。けど、辻褄は十分に合う」
「…して唯斗よ、貴様はそれを受けてどう思うのだ?」
するとギルガメッシュはそんなことを聞いてきた。
どういうことかとその紅の瞳を見上げると、前にも見た、こちらを評価するような底知れない目があった。
「どうって…?」
「この特異点は人類史の負の側面が立て続けに出てきているだろう。大量消費社会の背徳、監視社会のおぞましさ、そして人種差別とそれに基づく一方的な価値観の流布。そうしたものが渦巻く人類史は、正しいか?修復し、継続するに足るものか?」
ギルガメッシュの問いは非常に大局的で、かつこんなときに聞くことか、と思ってしまった。アーラシュとアーサーも、ギルガメッシュがいきなりこんなことを問いかけるとは思っていなかったようで、困惑しているようだった。
だがこの王にそんなものは無縁である。彼にとって今だと言うのなら、それだけなのだ。
唯斗は一瞬だけ悩んでから、すぐに口を開いた。
「正しいから継続するわけでも、間違ってるから滅びるわけでもないだろ。それは俺が、ウルクではっきり感じたことだ。ウルクは間違ってたから滅んだんじゃない。何より、正誤なんてもんは簡単に揺らぐ。『嘘つきのパラドックス』みたいにな。不夜城でも言ったけど、正しさは相対的なものだから法が生まれたんだろ」
嘘つきのパラドックス、あるいは自己言及のパラドックスと呼ばれるもので、「クレタ島人の嘘」が有名だ。
あるクレタ島人が「クレタ島人はみんな嘘つきである」と言ったとすると、これを言ったクレタ島人も嘘つきということになり、実際には「クレタ島人はみんな嘘を言わない」ということになるが、そうすると「嘘つきであるという嘘をついた」ことになってしまい、「嘘を言わない」ということに矛盾する、というものである。
正しさも間違いも、ひとつの「真」だけで表現されるものではなく、揺らぐものなのだ。
「正しさとか関係ない。生きることに理由なんていらない。歴史は正しいか間違ってるかで見るものじゃない。そういうの全部、あなたの宝が教えてくれたものだ」
滅びの運命を知りながら戦うウルクの人々を見て、唯斗は「正しいかどうか」などという観点そのものが不要なのだと知った。
ギルガメッシュの宝であるウルクがそれを教えてくれたのだ、と最後に言えば、ギルガメッシュは虚を突かれたような表情をしてから、小さく笑う。
そして、唯斗の頭を、防具のついていない素手でそっと撫でた。
「お前もその宝のひとつだと言っただろう」
それだけ言ってから、ギルガメッシュは踵を返す。どうやら話はこれで終わりらしい。
「我は裁定者。貴様が理解しているのなら、今後も手を貸してやろう。弓の我も、藤丸立香が本能で貴様と同じ認識をしているからこそ手を貸してやっている。光栄に思えよ?」
結界を解いて先にその場を離れたギルガメッシュに、唯斗たちは呆気にとられたまま残された。
アーサーは軽く息をついてから、唯斗の肩を抱いて促す。
「さ、そろそろ僕たちも準備しよう」
「さすが人類最古の英雄王だなァ。良かったな、マスター」
「…あぁ、」
ギルガメッシュがいったいどこまで唯斗たちの未来を視ているのかは分からない。いずれにせよ、こうしてはっきり認められた上で手を貸す、と言ってもらえたのは初めてのことだった。それならば、その期待に恥じない戦いがしたい。
これから待ち受けているものはまだ見えないが、今はそう思った。