伝承地底世界アガルタII−19


ようやく正体を現したコロンブス。立香は驚いてこそいるが、一方でまったくもって裏切られた、というようにも感じていなさそうだ。恐らく、本能で警戒していたのだろう。そういう危険察知能力はずば抜けている。

コロンブスはニヤリとして周りを見渡す。


「諦めなければ夢は叶う、その通りだったろう?周りを見てみろよ。黄金の神殿だぞ?東方見聞録で夢見たジパングのようだな」


大航海時代をもたらしたのはルネサンスによる技術革新だ。しかし、欧州の人々を海に駆り立てた要因は他にもあり、それらが複合的に合わさった結果が、世界を一つにする近代の始まりである。

大航海時代をもたらした要因は大きく4つある。

まずは人口の増加。農業技術の革新によって農業生産力が向上したことで食糧供給が増加し、出生数が増えた。また、東方植民とイタリア戦争の終結もこれに影響する。
もともとドイツ地域では日本と同じく長子相続が基本であるため、第二子以降は家督や農地を継承することができなかった。そのため、修道士となってキリスト教会によるポーランド以東の開墾運動である東方植民に加わるか、傭兵となってイタリア戦争に従軍するかのどちらかだった。現在でもスイスが傭兵業に秀でているのはこれが理由である。
しかしリトアニア=ポーランド連合王国という巨大国家の成立とルーシ諸国の成立によって東方植民はそれ以上の東への拡張ができなくなり、イタリア戦争も終結したことで、ドイツ地域で深刻な失業者の増加を招いた。

一方その頃、イベリア半島では数百年に渡るレコンキスタが完了した。
もとはイスラームの後ウマイヤ朝がアッバース朝に追い出されイベリア半島に移住したことでイベリア半島がイスラームの手に渡り、シャルルマーニュ率いるフランク王国がこれと戦ったことで、キリスト教徒の手に半島を取り戻そうという機運が高まった結果、国土回復運動(レコンキスタ)が始まった。
レコンキスタは半島に成立したスペイン王国とポルトガル王国に引き継がれたが、これは数百年に及ぶ大事業となったため、いつしかスペインとポルトガルの人々は「戦争がない状態」を知らない文化となってしまった。生活様式がもはや戦争を前提にしていたため、いざレコンキスタが終わってしまうと、やることがなくなってしまったのである。
そのため、レコンキスタに代わる軍事行動を必要とし、それが海外への拡張機運をもたらす。これが二つ目の要因だ。

そして三つ目、マルコ=ポーロによる東方見聞録の編纂と、それによる第一次ジャポニスムの始まりである。
13世紀にモンゴル帝国がハンガリーから韓国までを統一すると、この統一国家の街道を使って極東への旅が可能となり、モンゴル帝国との商業取引の使者でもあったマルコ=ポーロの旅が行われた。実際にマルコ=ポーロが日本まで到達したかは極めて疑問であり、中国にすら辿り着いていないともされるが、いずれにせよその著作である東方見聞録は、欧州の人々をオリエンタリズムに駆り立てた。
特に、武則天が活躍した唐代中国はタラス河畔の戦いによってアッバース朝と戦争しているが、このとき活版印刷技術が中国からアッバース朝にもたらされ、さらにアッバース朝からビザンツ帝国を経由して欧州にもたらされた。これをドイツ地域でさらに改良し、一般市民が書物を手に取れる印刷技術が確立されたのである。これが東方見聞録の大衆受容を可能にした。

最後の要因であり最大の理由が、オスマン帝国によるシルクロードの閉鎖である。
ビザンツ帝国を1453年に滅亡させたあと、オスマン帝国はバルカン半島から欧州を圧迫した。次の狙いをオーストリアに定めていたオスマン帝国は、欧州を疲弊させるべく、シルクロードを閉鎖して香辛料貿易を停止させた。
これによって欧州は香辛料を自らの手で手に入れる必要性に迫られた。

これらの要因がすべて同時に合わさったがために、遠洋航海を可能にする技術と人員の確保、海洋進出を可能にする資源の投下を行う国家、長距離貿易が莫大な利益を生む経済状況の成立という大航海時代の条件が揃い、ポルトガルとスペインが海へと出たのである。


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