伝承地底世界アガルタII−22
すべての黒幕はシェヘラザードだった。
驚愕が満ちる空間で、最初に声を発したのはフェルグスだった。
「な…っ、どういうことです!?物語が成った、とは!?」
「そのままの意味です、唯一の
誤配役。この地底世界は、私の『物語という宝具』を現実世界に侵食させることで作り出したもの。いわば、皆様はずっと、私の千夜一夜物語の中にいたようなものです」
シェヘラザードの宝具でもある千夜一夜物語、それをひとつの世界として拡張し座標を固定したものがこの特異点だという。
確かに理論上は理解できるが、あまりにも突拍子もない。
『しかし、それはおかしいです!千夜一夜物語には、確かに地下世界の話もあったと記憶していますが、こことはまったく違うものです。イース、不夜城、エルドラド、桃源郷、竜宮城、それらのお話も、当然ながら含んではいません』
『いいやミス・キリエライト、その答えはすでにミスター・雨宮が語ったはずだ』
すると、通信にホームズの声が入ってきた。どうやら安楽椅子から出てきたらしい。
唯斗はその言葉で、これまで自分が感じてきた違和感の正体を知った。
「そうか…そういうことか。シェヘラザード、あなたは、何が千夜一夜物語かを決めることができる。それを組み合わせて一つの特異点にしていたから、パッチワークのようだったんだ。そして、あくまで物語でしかないから、すべてが不完全だった」
『そういうことだ。物語とは言い換えれば「真正ではないもの」でもある。それはすべてミスター・雨宮が指摘したことでもあり、この特異点に召喚されたサーヴァントたちのことでもある』
ブルターニュのものではない街並みだったイースと、ダユーという幻霊が混ざったドレイク。
紀元前山東省の伝承である不夜城を統べた、唐代の洛陽に君臨した女帝である武則天。
原典であるという繋がりしかないはずの南米の伝説エルドラドを拠点としたギリシア神話のペンテシレイア。
そして霊基が変質したヘラクレスとフェルグス、記憶を失ったコロンブス。
すべての違和感は、これらが物語として構成されたものだったからということで納得がいった。
「ええ…その通り。この特異点の形成に必要な物語を一つにして、このヒマラヤの地下にひとつの世界を築きました…」
『なるほどね、唯斗君が指摘してくれたことにもう少し検討ができれば良かったが…いや、しかし難しいね。なにせこの規模だ、魔術としてあまりに規模が大きすぎる』
『はい、それは現実世界の浸食…現実改変に等しいものでしょう。固有結界じみた、常識外れの極大魔術です。魔神柱の力があれば不可能ではないのかもしれませんが…』
すると、フェルグスが静かに問いかけた。
「先ほどあなたは、僕を誤配役だと言いました。それはなぜですか」
「はい…あなたは唯一の誤算でした。本来、あなたはヘラクレスとは別にこの世界をかき乱す役割のはずでした。フェルグス・マック・ロイ、精力絶倫の男性性の具現。若ければ若いほど性欲も強いであろうと思ったのですが、まさか女を殺せないほど若い未熟な姿で現れるとは思いませんでした…」
「……なるほど。言われれば、確かに誤配役、納得です。いてもいなくても変わらない『その他』でしかありませんでした」
「フェルグス…」
立香がそんなことはない、と言いたげにするが、一方でそのフェルグス自身がそう思っているわけでもないことが表情の意志の固さから察することができたため、立香も何も言わなかった。
デオンはシェヘラザードに剣を向ける。
「理解はできた。問いたいのはひとつだ…なぜ、そんなことを?」
「簡単なことです。今まで何度も言ってきました。私は、死にたくない。生きれば死なねばなりません」
「……ボクたちはサーヴァントだよ?」
死にたくない、というシェヘラザードに、アストルフォですら困惑したように聞き返した。そう、そもそもサーヴァントは生きる存在ではない。
だがシェヘラザードは首を横に振る。
「それに何の違いがありましょうか。在れば死なねばならない、同じことです。サーヴァントとは結局は使い魔、用が済めば消えていく。それも、死です。自分という存在が消えていく、あの寒々しさ、孤独感、惨めさ、無と混合する恐ろしさ!嫌なのです。全身全霊で、千の夜を越えて願い続けたこの身が、それだけは嫌だと忌避するのです!」
シェヘラザードは叫ぶようにそう言うと、肩の力を抜いて天上を見上げる。
「…そしてこの私が、英霊たるシェヘラザードが、二度と死なないためには。それを味わわないようにするためには。世界を壊すしかない。そう、私を呼び出した彼が教えてくれました」
『魔神柱…!しかし、すべてのサーヴァントにリサーチはかけたはず、なのにどうして…!?』
『それだけじゃない。世界を壊すだって?』
マシュはカルデアの観測をすり抜けたことに悔しそうにし、ダ・ヴィンチはいつも通りの調子ながらも警戒を滲ませる。
「私の宝具は、物語という空想にかたちを与えるもの。彼の力が、それを本当のものとしてくれました。もうすぐ、この私の物語が真に具象化する。それに相応しい形となって!」
その言葉とともに、突如として地面が揺れ動き始めた。同時に、重力に逆らって地面が上昇し、体がその上昇圧力で地面に押しつけられそうになる、そんな感覚が発生する。
『そんな…!Z座標、急激に上昇!これは…!』
『まさか、特異点が上昇している…!?』
カルデアの観測通り、地面は揺れながら上昇していき、地底世界全体に、地面が引き裂かれる轟音が響き渡る。天上を埋めていた岩石は急に透けていき、世界の屋根を透過した特異点はついに、地上から空へと飛び出した。
地震の衝撃で、先ほどエクスカリバーによって壁が崩落したこともあって黄金のピラミッドは崩壊し、天上も壁も大部分が瓦礫と化す。大半の瓦礫はギルガメッシュが魔杖の光線でかき消したため押しつぶされることこそなかったが、急に広がる青空と、どんどん遠ざかっていく山岳地帯、下方へと消えていく雲に、この特異点が名実ともに空に浮いているのだと理解する。
「これなるは空中都市ラピュタ!死なぬために凶王に捧げたのは物語だけではなく、それ以外のすべて…もちろんのこと、身体も。なればこそ、結末にはこの
娼婦の名が相応しい!天に昇り、地を睥睨し、そして墜ちよ、ラピュタ!汝は世界の理を破壊する、終末の幻想の都市なり!」