伝承地底世界アガルタII−23
シェヘラザードは、このアガルタを最後にラピュタと名付けた。
ラピュタはガリヴァー旅行記第三編に登場する空中都市である。作者のジョナサン・スウィフトはスペイン語に精通しており、ラピュタもスペイン語La Puta(娼婦)から取られている。
なぜこのような侮蔑的な意味合いなのかと言えば、このラピュタをスウィフトは英国の比喩として描いたからだ。
ガリヴァー旅行記は子供向け冒険小説のように誤解されることがあるが、実際には極めて高度な政治的な風刺作品である。当時流行し始めていた旅行記の形式を取って、風刺となる様々な国を巡ることで、読者に対して痛烈な人間性批判と英国などの国家への批判を試みる作品だ。
第一編は二つの小人の国を描く。ガリヴァーが漂着した小人の国は、隣の小人の国と戦争をしており、その原因というのが「卵は大きい方から割るか小さい方から割るか」というものだった。
この国の社会構造は当時の英国の二大政党制を比喩するもので、隣国との戦争はカトリック教会と英国国教会との対立を描いたものだ。イングランドの国教会とは、当時の王ヘンリー8世が離婚したいがためにカトリック教会の離婚を禁じる規約を疎み、もともと政治的権力からローマ教皇庁を排除したかったこともあって、カトリック教会から一方的に離脱したことに端を発する。小人の国はあらゆる物事のスケールの小ささを揶揄するが、国教会成立の理由のしょうもなさをスウィフトはここで指摘する。また、最初は小さな諍いが大きな戦闘に発展することも示唆しており、現代においてもカトリックであるスコットランドがブレグジットに合わせて英国からの離脱を求める理由の一つにまでなっていることが典型的な例だろう。
第二編は逆に巨人の国に迷い込んだ話であり、この国の王にペット扱いされる中で、王から英国のことをあれこれ聞かれ、その社会・政治のおぞましさを指摘されるという話だ。当時英国が抱えていた社会問題を痛烈に王の言葉で批判している。
そして第三編では、資源の豊富な国と、その国の上空に浮かんでこれを支配するラピュタが登場する。ラピュタが英国であり、支配される地上がアイルランドを意味する。当時、アイルランドは苛烈な英国の統治政策によって極度の貧困に喘いでおり、スウィフトは人生を通してアイルランドの地位向上を訴え続けた論客でもあった。
ラピュタを後にしたガリヴァーは、途中いくつかの国に立ち寄り、日本にも寄る。実在する国を訪問するのは日本だけだ。現実と同じく鎖国しキリスト教を禁じていた日本は、欧州ではオランダとだけ貿易していたが、ガリヴァーはオランダ人のフリをして、皇帝(将軍)に対して踏み絵を止めさせるよう請願する。それに対して皇帝は、「踏み絵を嫌がるオランダ人は初めてだ」と言って受諾する。
オランダはイングランドと同じカルヴァン派のプロテスタントであり、カトリックでは禁じられていた富の貯蓄を合法化し、スペインに代わって海上貿易を独占して莫大な利益を上げていた。それをキリスト教の侮辱だと考えていたスウィフトは、踏み絵を躊躇わないオランダ人を描くことで、キリスト教を軽んじるオランダ人への批判を行った。
「は、ここにきてラピュタとか…当てつけかよ、シェヘラザード」
「まぁ…そうではない、とは言い切れません」
「どういうこと?」
唯斗の言葉に首をかしげる立香。唯斗は同じ第三編のラピュタからの帰路を思い出す。
「ガリヴァーはラピュタからの帰り道、とある国に立ち寄る。その国は過去の偉人を召喚する降霊術ができる魔法使いがいて、その魔法によってガリヴァーは過去の偉人たちと出会い、彼らがいかに退廃したろくでもない人間だったかを知るんだ」
「えっ」
「ここで描かれるのは、歴史を通じて人間性は堕落しているという社会全体への批判。偉人たちの時代ですらそうだったのだから、これからはもっと人間は堕落していく、そういう意図なんだろ。ガリヴァー旅行記が描かれたのは18世紀初頭。その直前の時代、17世紀がどんな時代だったか覚えてるか?」
「確か、17世紀の危機とかいう、たった数年間しか戦争のない年がなかった時代だよね。あと、三十年戦争があった」
「そう。最後にして最大の宗教戦争であり、最初の近代国際紛争。それが三十年戦争であり、ルネサンスに始まる近世の終わりだ。大航海時代の果てに欧州が手にした『近代』の幕開け。戦争を繰り返す欧州、宗教改革によって退廃が露呈したカトリック教皇庁と異端のプロテスタントによる覇権の交代、スウィフトはきっと、そんな100年を経てもなおスペイン継承戦争という18世紀最初の大戦争に突入した欧州に辟易としてたんだ」
一種の厭世観から、過去の歴史を通して人類は堕落し続けているのだとスウィフトは考え、それをガリヴァー旅行記第三編の偉人召喚の章で描いた。