伝承地底世界アガルタII−28
いったいどんな真理なのか。全員が固唾を呑んで見守る。
「男と女がいれば!!子が生まれます!!!」
ヒマラヤの上空を吹き付ける冷たい風が、瓦礫の間を通り抜けていく。雲海を眼下に見るラピュタに沈黙がおちる。
通信からダ・ヴィンチの口笛を吹く音がして、瓦礫の合間に立つアーラシュが「はは、こいつはすげェ真理だ!」と快活に笑った。
それに我に返ったシェヘラザードは困惑する。
「な、何を当たり前のことを」
「そう、当たり前のことです。ですが、あなたはそれを分かっていない。死をもたらすことも確かにあるでしょう。しかし、それに重きを置くのは馬鹿げている。死ぬとか殺されるとかを考えるよりも前に、もっと考えるべきことがあるのです…!」
「……分からない。分かりません。それに、無意味です。私から死の恐怖を取り除こうと、決してラピュタは止まりません!」
「然り。ラピュタは止まらぬ。幻想の崩壊へ向け驀進するのみ」
突然、その場にまったく違う声が響いてきた。ひどい声のそれは、すでに事切れたレジスタンスの男の死体から出ている。
死体は立ち上がると、光とともに別の形を取った。それは、ゲーティアに似た人型の魔神柱だ。死と再生の悪魔だけあって、フェニクスはなおも前に現れるらしい。
「我が友、シェヘラザードよ。我は教えたな、我が経験したあまたの死を、そのすべての理不尽さを」
先ほどよりも言葉が平易になったのは、依り代となっている人間のせいだろうか。だがその声はこの世のものとは思えないような不可解なものだった。
「そして我は教えたな。人知を超越したこの身であっても、辿り着いたのは汝と同じ結論なのだと。故に真だ。我らが願いは真なのだ。あまたの生を持つ者にあまたの死があるのは間違っている」
「ええ…そう、そうです……」
「案ずるな。この者らがいかなる策を講じようとも、我らが願いは必然として届く。たとえ我がここで滅しようとも、もはや慣性のみで、この幻想都市は現実の都市への圧着と陵辱を果たすであろう。人理焼却は不可能であれど、方法はいくらでもある。神秘の下落による人知泡沫こそ我が理念。墜落とともに滅びるがいい、浅ましき人類よ!」
その言葉とともに、フェニクスは再び魔神柱の形を取った。先ほどよりもずっと禍々しいそれに、唯斗は拳を握りしめる。時間はもちろんのこと、余力を考えても、残るすべての力を使い果たしてようやくラピュタを分解できるかどうかといったところなのだ。ここで魔神柱と戦っては本当に術がなくなってしまう。
しかし、そうなる前に、さらに別の声が場に高らかに響いた。
「待っておったぞ、このときを!!」
突然、一同と魔神柱との間に現れたのは、なんと武則天。その小さな体で仁王立ちになり、巨大な魔神柱を睥睨する。
「妾にシェヘラザードは殺せぬ。妾は紛れもなく、この上なく、王である故な!それはシェヘラザードと同化しておった貴様に対しても同じ。じゃが!ヤツから離れた今の貴様ならば届こう!」
「武則天ちゃん!」
驚いたように立香は呼ぶが、まさかの中華帝国唯一の女帝をちゃんづけとは、いつも立香の精神力はどうなっているのか疑問だ。
「天下の女帝をちゃん付けとは!ええい、不遜、不遜にすぎるぞ…えーと、なんと呼んでおったか忘れた!もうそのままでよいわ、藤丸め!」
あだ名は忘れたのに本名は覚えているのかこの女帝、と全員が思ったが、徐々に武則天は魔力を集約していく。
確かにメガロスの襲撃で反応が消えていたはずだが、あれは消滅ではなく気配遮断であったらしい。
「妾はまだ退位したつもりはない!すなわちこれは、我が国土に対する狼藉!妾が大罪人にすることはただ一つ!拷問、拷問、拷問なり!」
魔神柱の足下は突然液体と化して紫色に染まる。巨大な魔神柱が徐々にその地面だった場所に沈下し始めた。
「拷問とはすなわち生かし続けることであり、殺し続けること!我が毒壺に墜ちよ、魔神!」
「ぐ、おお、おおおお!!小癪な…ッ!!」