伝承地底世界アガルタII−30


「笑え、死の運命と闘い続けた強き女よ。笑える生き方をするのだ。お前のように笑えず死に怯え小さくなって生きる生き方など…それは、死んでいるのを同じではないのか?」

「ッ、分かりません、分かりはしません…!笑えません、笑って、どうなるというのです…!!」

「素敵な笑顔の女に男は弱い。もちろん、俺もだ。だからな、笑えば、俺のようないい男が捕まえられるぞ!」

「っ!?」

「そうなれば、喜んで抱くとも。子を成し、そしてありとあらゆる死から、日々押し寄せる苦悩から、可能な限り、この腕で守ってみせよう!」


言う人物によっては完全にセクハラの類いだが、そこは英雄と言うべきか、フェルグスが言うのならそれは生命力溢れる口説き文句であった。確かに現代では、男らしさや女らしさよりも自分らしさの方が重視されるし、性別による分業など時代遅れだ。
しかし神話の英雄だからこそ、そしてそれを語る者への言葉だからこそ、これは大きな意味を持つ。コロンブスの言葉ではないが、彼らの生きた時代の在り方なのだ。


「さもありなん、今の口説き文句は我ながら屈指の出来だ!これで落ちない女がいようものか!女も口説く!世界も救う!両方やってこそのケルトの戦士よ!」


ここにランサーやディルムッドがいれば、感動に目を輝かせていたことだろう。唯斗や立香は苦笑してしまうし、アーサーも少し呆れているようではあったが、フェルグスくらいしか言えないものだ。


「な…なんという傲慢、身勝手、自己中心的な男根思想なのでしょう…!あなたの言葉には誠実さがありません!そもそも、ありとあらゆる死から守るなど不可能です!」

「む、確かに言い過ぎたやもしれん。だが、そのときには代わりのものが用意されているだろう。お前は、いい男に看取られたことはあるか?愛し子に手を握られて看取られたことは?」

「わ、分かりません、そんなこと…何が言いたいのですか……」


シェヘラザードの問いには、立香が口を開いた。戦う前にシェヘラザードに示した怒りは、彼女への最後の言葉に変わろうとしていた。


「死の恐怖っていうのはね、シェヘラザード。『生きた意味』で打ち消せるものだと思うよ」

「年若いマスターですら知っているというに。心から惚れた良い男が傍におれば。愛を籠めて育てた子が傍におれば。死を恐れる暇などないやもしれん」


きっとロマニは、立香と唯斗にそれを見出して、最後にあの場に立ったのだ。

沈黙が落ちたが、そこに魔神柱が呻きながら声を発する。


「ぐ、あああッ!これでは、ここにいる魔神の我が滅びて、なのに、我という概念は、滅びぬまま終わってしまう…っ!シェヘラザード、シェヘラザード!僅かでもいい、貴様の、残った力を、生命を、我に…!」

「……いえ。今回は、お断りさせていただきます」


しかし、シェヘラザードは魔神柱がその霊基を取り込もうとした瞬間、それを結界で防いで弾いた。


「な…何をしているッ!我が同胞!血迷ったか!!」

「きっと私は変わりません。この仮初めの生が潰え、次の私がどこかで始まろうとも。私はまた、死にたくないという顔で陰気なため息をついているのでしょう。それでもね、フェニクス。今のあなたは…少しばかり、見苦しい」

「な、にを…!」

「死を恐れる私が、死に方に拘泥するのは当然。私は、少なくともこんな見苦しいものに、今回の私の死を与えたくないと思った」

「あ、ああAaaAAアAaaaAaああAaaあ!死ぬ死生生死死生死生死死死生死死!!!」


そんな断末魔とともに、魔神柱は消滅した。瓦礫の満ちる空間に影を落としていた柱は消え去る。
同時に、その足下にあった毒の沼も消え失せた。

それをずっと維持し続けていた武則天は、凭れていた黄金の柱からずるりと体を沈める。


「くは、これで……ちゃんと、努力、したからな…いっしょうけんめい、べんきょう、して、書も、詩も、覚え、て…妾は、女帝…そう成ると、そう在ると…決めた、から…最後、まで…そう……にはは、皆の者、大義で、あった……」


そうして、武則天も消失する。
完成された官僚機構に基づく国家であった唐では、武則天の帝位簒奪は帝室の混乱こそあれ政治に支障はきたさなかった。とりわけ、その卓越した人材登用能力は国家を安定させ、次に帝位についた玄宗帝による開元の治という、中国の歴史においても優れた時代を現出する土台となる。


153/314
prev next
back
表紙へ戻る