ぐだぐだファイナル本能寺−3
7月に入り、ようやく外の世界も落ち着きを取り戻しつつある頃、カルデアではいつも通りの日常が続いていた。
マスター二人は引き続き待機状態となっているが、今日は二人ともオフに指定されていたため、休日として過ごしている。
唯斗も普段通り過ごす予定だったが、食堂で孔明に立香の課題を預かってしまったため、とりあえず立香のところへ向かっていた。
プリントの束を持ち、沖田オルタが茶室に立香がいると教えてくれたため、カルデアの地下フロアに降りている。
茶室というのは、カルデアにやってきた茶々が勝手に構築した空間のことで、信長や沖田がたまり場としている場所だ。
なんでも茶に呼ばれたらしく、立香とマシュが揃って茶室にいるらしい。
食堂などがある中央棟からはかなり距離があるため、正直孔明のパシリなど受けるんじゃなかった、と内心で思っている唯斗である。
すると、階段を降りたところで別の廊下からディルムッドがやってくるのが見えた。
「あれ、ディルムッド、どうした?」
「マスター!いえ、書文殿に手合わせをお願いしていたのですが、姿が見当たらず。茶室にいると聞き及び向かっていた次第です」
「なんだ、目的地同じか。俺も立香に用事があって茶室に向かってたんだ」
李書文と槍試合を約束していたというディルムッドと、そこからは一緒に茶室へと向かう。
茶室とはどういうものか説明しながら歩いていれば、体感時間ではすぐに到着した。カルデアの最奥、ボイラー室など機関室が並ぶ区画のすぐ手前である。マーリンもこの辺りを徘徊していることがあるらしい。
「失礼するぞ」
唯斗は一言声をかけて、和風のふすまを開ける。
中には畳の和室が広がっており、信長、沖田、茶々、土方と、立香、マシュ、老年の方の李書文がいた。
全員、中央に鎮座する青っぽい箱を囲んでいる。
「…何やってんだ」
「あれ唯斗、どうしたの?」
すぐに立香が問いかけてくる。こちらの台詞だが、とりあえず唯斗は持っていた課題を手渡した。
「これ、孔明が追加課題だって」
「げっ……ありがと……」
「書文殿、本日は何時より手合わせ願えるだろうか」
「む、すまない。失念していた」
ディルムッドも李書文と時間を打ち合わせ始めると、立香は書類を受け取りつつ申し訳なさそうにする。
「てかこれ持ってくるためにここまで来てくれたんだ、ごめんね」
「いや。それより、なんだ、その箱」
すでに唯斗の興味は、中央に鎮座する箱に移っていた。和室には不釣り合いな魔術用具に見える。
「茶々が倉庫で見つけた箱だし!」
「今ほど、この箱を開けようと皆さんが乱暴に攻撃を仕掛けていたところでして…」
茶々がなぜか自信満々に答えると、マシュも困ったように付け加える。カルデアの倉庫にあったものであれば、十中八九、魔術の品だ。それも生半可なものではないはず。
それに対して攻撃をするとは、何が起こってもおかしくないのでは、と思った、その瞬間だった。
突然、箱は青白い輝きを放ち、茶室を包む。サッと体の内側が冷えるような焦りに包まれた唯斗だったが、立香は「あーいつものやつ」と諦めたように、かつ慣れたように呟いていた。
いったい何事かと聞く暇もなく、唯斗の意識は浮遊する。レイシフトにも似た感覚だ。
「マスター!!」
すかさずディルムッドが唯斗に駆け寄り、庇うように抱き締めてくれたが、その直後、意識だけとなって五感がなくなった。
意識だけが引っ張られる感覚に続き、足が固い地面に着地して、吸い込んだ空気に土と草の匂いが満ちる。
「……っ、」
恐る恐る目を開けると、そこはどこかの森の中に敷かれた道で、山に挟まれた人里離れた場所だった。
青空には白い雲が立ち上がり、湿度の高い暑さが肌に纏わり付く。
「マスター、ご無事ですか」
「…ディルムッド、良かった。これはいったい……」
すぐ隣にはディルムッドがおり、先に意識を覚醒させたのか、周囲の索敵を済ませたようだった。
「周囲に危険はありませんが、一方で状況は私にも…どこかの特異点にレイシフトしたのでしょうか」
「レイシフトは特異点にしかできないからな、あれがレイシフトだとすればそうなるけど…コフィンもないのに、しかもあの箱だけでってのも不自然だ」
正直、状況の把握という点ではお手上げだ。当然のように通信は繋がらない。緊急時に備えて、休日であっても礼装で過ごしている癖があって良かったが、通信機は使えないようだった。
「カルデアはこのことを把握しているのでしょうか…!?存在証明はいったい、」
「うーん、多分、立香の感じからすると…そんな気負わなくていいヤツなんじゃないか」
「はあ…マスターがそう仰るなら」
恐らく、この前の帝都へのレイシフトや明治維新の日本へのレイシフトといった一連のやつに唯斗も巻き込まれたようだ。
立香曰く「ぐだぐだ」な探索らしく、深く考えてはいけないらしい。
「パスに問題はなさそうだな。よし、早速で悪いけど、霊体化してあの山のある程度高いところから、集落があるか確認してきてもらえるか?」
「それは構いませんが、マスターの御身の安全は…」
「まぁなんとかなる。一緒に行くと迷うかもしれないけど、パスを追えばこの道に戻って来られるだろ。この道はどう見ても人工的なものだ、街道だと思う。なら、人里に出られるはずだ」
「なるほど、それは道理です。では速やかに確認して参りますので、何かあればすぐにお申し付けください」
ディルムッドはそう言うと、霊体化して森の中に消えていった。一緒に行くよりも速いし、この道に確実に戻れる。どの程度歩きづめになるか分からないが、無駄な動きはしたくない。