悪性隔絶魔境新宿I−17
考えておけ、と言われたことと、改造にあたりコロラトゥーラを思い切り開く必要があるため、立香と唯斗、アーサーはいったん1階のテナントに上がった。
照明のない真っ暗なハンバーガーショップの店内で、立香と唯斗は揃ってカウンターに並んで座り、アーサーは店の外に立って見張りをしてくれている。
アルトリアとジャンヌは地下に待機していた。
今、会話を聞けるのはカルデアだけだ。
「……唯斗は、あの人形のこと、どう思う?人間だと思う?」
ぽつりと立香が尋ねる。左隣のカウンター席の丸椅子を回してこちらを向いた立香に、唯斗はカウンターに肘をついたまま視線だけ向けた。
「脳死ですらないと思ってる。あれはもう、『個』を構成する要素を満たさない。彼らはすでに、個人としての性質を失ってるからな。その上、もはや別の存在に上書きされてるんだ」
「…俺、唯斗みたいに頭良くないからさ。よく分からないんだ。人かどうかなんて」
立香は迷っているようだ。当然だ、死んだわけではないという事実だけで、あれを人間ではないと割り切ることなどできない。唯斗だってそうだ。理論的に考えようと無理矢理自分に言い聞かせて、人権の及ばない存在だと強引に納得しようとしているだけである。
優しい立香にこれ以上、傷を負って欲しくなかったし、グランドオーダーが終わった今、特異点探索で立香が正規、唯斗が予備という立ち位置である必要もない。
その役目を押しつけてつらい役回りをさせてきたのは唯斗だ。
「…俺がスイッチを押す」
「えっ、」
「……俺の方が適任だろ、そういうの」
唯斗がそう言った瞬間、立香は唯斗の左腕を思い切り掴んだ。痛みすら走る強さだ。
「なんでそういうこと言うんだ!適任なわけないだろ!?」
「……ごめん、今のは俺が悪かった」
唯斗の悪い癖だ。いまだ治りきっていないらしい。自分を卑下する、というより、自分がまるで取るに足らない存在だと、不要な存在だと言うような考えをしてしまう。
そうではないのだと、第六特異点のあとに唯斗は知ったのだが、こういうときについ出てしまうようだ。
立香も、今では唯斗がきちんと理解していると知っているため、すぐに手を離す。
「…俺もごめんね、力入れすぎた。唯斗がそういう考え方をするの、唯斗のせいじゃないのに怒鳴っちゃった。でも、俺が唯斗のこと大事に思ってるって、もっとちゃんと理解して」
「理解してるつもりだったんだけどな」
「うーん、俺も言葉でしか伝えてなかったしなぁ」
立香はそう言うと、おもむろに唯斗を引っ張った。その強い力に、唯斗は促されるように椅子から立ち上がって立香に抱き寄せられた。
「うわ、」
丸椅子に座ったままの立香は、椅子そのものが高い上にもともと唯斗より数センチ背が高いため、さらに身長差が開く。
その膝の間に抱き込まれると、立香の鎖骨あたりに顔を押しつけられる形になった。
唯斗を抱き締める腕も、体が触れる上半身も、唯斗とはっきり違う逞しいもので、見た目以上に筋肉量が違うのだと実感する。
「立香…?」
「俺さ、バビロニアの北壁で唯斗に一人にしないって言われたとき、ほんとに嬉しかったんだ。グランドオーダーの後どうなるか、不安だったのもあるけど、唯斗がそう言ってくれたっていうのが嬉しくて」
「…もっと早く変われてたら、俺にできたことが他にもあったんじゃねぇかって思うんだ。立香にも、ロマニにも」
「……ううん、何度も言うけど、唯斗は最初から優しかったよ。ずっと初めから誠実で素敵な人だったんだ。俺も、ドクターも、唯斗がいてくれるだけでたくさん助けられてた。唯斗がそういうことに実感を持てるようになったのが最近ってだけでさ」
「…そっか」
唯斗は立香の肩にぐりぐりと顔を埋めて小さく返す。立香は笑って、唯斗の後頭部を撫でた。
「でもあれだね、第六特異点のあとから急にどんどん可愛くなってくよね。恋ってすごいね」
「はぁ!?」
がばりと体を離して、立香の急な言葉に素っ頓狂な声を上げる。立香はくすくすと笑っており、その楽しげな様子に怒る気も失せる。
唯斗はため息をついて、たまに立香が唯斗を「可愛い」と称することを思い出してそれ以上は何も言わずにおく。その代わり、唯斗は体を離して立香を正面からじっと見据えた。
「…立香、爆弾のスイッチは、一緒に押そう。同じマスターなんだ、一蓮托生だろ」
「……うん。ありがとう、唯斗」
『先輩も唯斗さんも、何があろうと変わらず素敵な人です。そういう素敵なところは何一つ曇りことはありません。なんて、カルデアにいる私が言うのも、という感じですが…』
そこに、マシュも通信でそう言ってくれた。巌窟王の言っていた通りだ。自分が自分でいる限り、どんな戦いになろうと、何も変わりはしない。
「ありがとな、マシュ。引き続き、一緒に戦ってくれ」
「元気出たよ、マシュ、ありがとね」
『はい!』
立香もマシュも唯斗も、成長しながら、変わらないところは変わらないのだろう。それはきっと、とても良い意味だ。