ぐだぐだファイナル本能寺−17


龍馬と別れてから本堂の入り口に立つと、待っていたようにキャスターが姿を現した。


「これはこれはカルデアの皆さん、ようこそ摩玖主教の総本山へ。さ、どうぞこちらへ」


むしろこの男の方が大概胡散臭い、と思いつつ、キャスターの案内で堂内に入っていく。
本堂は普通の仏教寺院のものとさほど変わらず、やや装飾が現代風なところがあるが、基本的には違和感を感じない。少し道教っぽい装飾もあるだろうか。
しかしその中央に鎮座する男は、またすごいのが来たな、という印象だった。


「ようこそおいでなされた、カルデア家のお歴歴」


異質な男は大僧正、頭に精緻な彫りが施された冠を被り、法衣はケバケバとしている。ここに三蔵がいたら「絶対!御仏の加護とかないから!」と言い出しそうな風体だ。

景虎は怯むことなく、まっすぐ問いかける。


「単刀直入に伺いますが、本当にあなた方は我らカルデア家と和議を結ぶと?」

「はい。争いは無益です。神仏の仇たる魔王信長が滅した今、もはや我らが争う必要はありますまい」

「なるほど。それで和議を結び、あなた方はどんな天下統一を成すのですか?」

「無論、摩玖主大本尊様の力で衆生を救うのです。我らの神、摩玖主大本尊の力は無限にあります。その威光でこの世に極楽浄土を築く、それだけが我が望み…」

「唯斗、結局これ、神なの?仏なの?」


すると、立香が小声で聞いてきた。立香の知識が足りないというより、この大僧正の言葉が曖昧なだけだ。


「日本の宗教は、神がいる宗教、神みたいな仏がいる宗教、仏がいる宗教、仏はいるけど信仰対象そのものではない宗教に大別できる。一般的に『天』と言えば、仏教を指すものだな」


日本古来の創世神話に端を発する宗教を神道といい、日本固有の宗教である。出雲大社や伊勢神宮など「神社」を建てるものだ。神道はアニミズム、すなわち精霊信仰に始まる古いものであるため、本来、日本の神は同じ平面世界に住んでいた。
やがて仏教の伝来によって、神のいる場所というもののイメージが次第にキリスト教的な「天国」に近しいものとなっていく。

一方、インドから伝来した仏教は、本来は神を持たない宗教だ。神への祈りではなく、自身の在り方の変革による社会全体の改革を通して、実務的な幸福を目指すことが多い。
インド仏教はサンスクリット語によって生み出されたものであるが、このうち、サンスクリット語のデヴァという言葉が「天」に変化する。これはギリシア神話の神ゼウスと同じ語源だ。意味するものはいずれも同じで、人の暮らすこの世界より上位の世界を示す。
仏の中で天に住むものを天部、あるいは諸天といい、毘沙門天もこれにあたる。


「日本の仏教は、人口で言えば神みたいな仏がいる仏教と仏はいるけど信仰対象そのものではない仏教の二つが多い。現代は後者が圧倒的に人口比では多いな。前者は密教系で、たくさんの神みたいな扱いを受ける仏を信仰するものだ。後者は、人間は誰もが仏になることができるという前提で、その仏性を開花させるために信仰が存在する」

「へぇ〜、面白いね。もっと三蔵ちゃんと話してみよ」


立香は感心するばかりだが、話の腰を折られた景虎は少し呆れたようにしつつも、改めて話を続ける。


「唯斗の言うとおりです。神仏に祈り縋るだけでは人は成立しないもの、この国の宗教は多くがそうした現実的な視座を持っていました。それゆえ厳しく己を律し、日々を生きねばならないのです。それをここの僧は昼間から酒を飲み、肉を食らい、僧にあるまじき堕落の極み…そのような不心得者が御仏を語るなど言語道断です」

「ははは!良いではありませんか、僧が酒を飲み肉を食らおうと。毘沙門天などというつまらぬ神を信奉している景虎殿は理解できぬかもしれませんが」

「っ、貴様」


ついに景虎が殺気を滲ませたところで、長可も飽きたように槍を握る手に力を籠める。


「はっ、居もしねぇ神様だか仏様だが信じてもなんもしちゃくれねぇだろうが!」

「はて、異なことを。摩玖主大本尊は絶対の理として、確かにここにおわしますぞ」


案の定と言えば案の定だが、やはりこちらを無事に帰すつもりはなかったのだろう。
大僧正がそう言った瞬間、莫大な魔力が放たれた。
その魔力によって、サーヴァントたちは一斉に動きを封じられる。


「んなッ…!」

「これは、!」


長可とディルムッド、景虎も動けなくなっている。非戦闘員のマシュも若干痺れているようだ。立香と唯斗は無事だが、迂闊に動くわけにはいかない状況だ。


「どうですかな?いかな豪傑、英霊であれど、我が摩玖主大本尊の力の前には身動き一つできますまい。キャスター、このような神を恐れぬ輩は引っ捕らえて魔道僧兵にでも作り替えろ」

「よろしいので…?」

「構わぬ。じき、真の極楽浄土が現れるのだから」


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