ぐだぐだファイナル本能寺−22
ひとしきり敵を蹴散らしたところで、立香が号令を出し、全員で一気に退却した。
地下施設から本堂に出て、本堂から敷地の外に出ると、夜空には黒煙が立ち上っていた。
なんと、周囲一帯、目に見える範囲すべてにあの巨人が蠢いていたのである。
「っ、まさか、この特異点全体に…!」
マシュが息を飲むと、後ろから楽しげな声が落ちてくる。
「だから申したであろう、貴様らに逃げ場はないと。そして見るがいい、我らが摩玖主大本尊が真の姿を現す時だ!」
いつの間にか地上に上がってきていたのか、大僧正はニヤリと笑うと、再び莫大な魔力を解放した。
その瞬間、本堂が崩壊して、崩れる木々の瓦礫の間から巨大な黒い巨人が立ち上がる。粉塵の合間から現れたその巨人の背後には、何やら禍々しい穴のようなものが空いていた。
「間に合いませんでしたか…!あれこそは無尽蔵の魔力であらゆる事象を書き換え、この世界を作り替えていく文字通りの万能の悪魔…マックスウェルの悪魔の姿です」
物理原則である熱力学第二法則を否定することが存在定義である悪魔は、その力によって、物理法則に立脚するこの世界そのものを書き換える力を持っている。
「いえ、すでに炉心が単体で暴走を始めている…これではもはや打つ手も…」
マックスウェル自身が顔をしかめ、状況の悪さに低く言った。本人がそう言うのであれば、これはかなりまずい状況なのではないか。
しかしそこに、景虎が一人、巨人の前に立ちはだかった。
「……あなたたちは逃げなさい。ここは私が引き受けます。これでも毘沙門天の化身ですから、道連れくらいにはしてやります」
「そんな、置いてけないし、子供たちも助けないと!」
即座に立香は食い下がったが、振り返った景虎は本気で意味が分からない、という顔をした。
「…?いやいや、あれほどの理不尽な力を誇る敵を前に、もはやあなた方だけでどうこうなるものではありません。ここは私を捨て駒にして命を長らえてください。弱き人にとってそれは恥ずべきことではありません。あの大僧正の言うことも間違いではない、小を犠牲にして大をとりなさい」
「犠牲に大きいも小さいもないよ」
淡々と返した立香に、景虎は同じく静かに聞き返す。
「前々から思っていたのですが。あなたはなぜそうも我が身を顧みず人を救おうとするのですか?お世辞にも強いとは言えない、弱く、非力なただの人であるあなたが…」
「そんなの、みんながいるからだよ」
「…あはは!なんですかそれは、自分の弱さを棚に上げて、みんながいるから?」
それに対して、景虎は、狂気の滲んだ顔で哄笑した。人でないもの、まるで化生が何かのように。
「己の弱さをさらけ出し、周りの者頼みで目に映るものすべてを救おうなど、なんたる傲慢!なんたる不遜!」
しかし、そこで景虎は目を閉じて、ひとつ息をついてから微笑む。
「…であればこの長尾景虎、そなたの成さんとする大業、我が身のすべてを賭けるに些かの不足なし!祭剣まつりて七星流る、松明照らすは毘天の宝槍!」
景虎が高らかに告げた途端、その背後に後光のような光が発生し、同時に、景虎の周囲に大量の剣や刀、槍が出現する。まるでアーチャー・ギルガメッシュの宝具のようだ。
景虎の異様な強さには目を見張るものがあったが、どうやら彼女は、本当に毘沙門天の化身として神性を持っているらしい。あの刀剣は毘沙門天の力そのものだ。
「あ、あり得ん!神仏が、この世に現れるなどあり得ん…!!」
刀剣は次々と増えていくが、一方で、マックスウェルの悪魔もその力に反応したのか、本堂の瓦礫を弾き飛ばしながら動き始めた。
「っ、立香、時間稼ぐぞ!」
「うん!龍馬さん、お竜さん、お願い!」
景虎が力を解放するまでの時間さえ稼げれば良い。立香は龍馬に指示を出し、お竜が竜の姿となって悪魔に迫る。
「長可、ディルムッド、畳みかけろ!一歩もこっちに近づけるな!」
「おう!!」
「お任せを!」
二人もすぐに駆け出し、長可は右足を、ディルムッドは左足を息ぴったりのタイミングで吹き飛ばした。それによって悪魔はバランスを崩して倒れ、その間に竜の姿のお竜が悪魔の右肩に突っ込み、これを霧散させた。
「…いきますよ!摩玖主大本尊!」
そして、準備ができた景虎がそう言ったのと同時に、3騎は一斉に巨人の周りから撤退する。
「駆けよ放生月毛!刀八毘沙門天の加護ぞあり!」
空中に浮かぶ刀剣たちは、一斉にその切っ先を悪魔に向ける。同時に、槍を構えて景虎も体勢を低くした。
「毘天八相車懸りの陣!!」
その号令とともに、刀剣は大挙して悪魔に飛び出した。それと同じ早さで、景虎も弾丸のように飛び出して悪魔に槍を向ける。
そしてその体を大量の刀剣が串刺しにして霧消させていく中で、心臓部分を景虎の槍が貫いた。
巨人はその攻撃の弾幕と致命傷によって、唸り声を上げながら消失し始めた。勝負あった、と思われたそのとき、大僧正は叫ぶように何かを飛び出す。
「まだだ!まだ儂にはこれがある!さあ聖杯の力で甦れ!!」
その手にあったのは聖杯だ。この期に及んで、聖杯によって消え始める悪魔を蘇生させるつもりらしい。さすがにそれはまずい。
しかしそこに、聞き慣れたはずの、だが凜としていつもと異なる趣の声が響き落ちてきた。