悪性隔絶魔境新宿II−1
歌舞伎町での戦闘を終えて、呪腕のハサンと合流してから、再びねぐらに戻ってきた。
アーチャーは祝宴を上げようと提案したが、アルトリアとジャンヌにすげなく断られ、立香も未成年だからと固辞し、唯斗はアーサーからストップがかかった。
「君は可愛いことになるから駄目だ」とアーサーに言われてしまい、アーチャーは面倒なのは御免だとばかりに了承していた。
結局、アーチャーはハサンと床にあぐらをかいて酒を飲んでいる。
立香はその傍らで、カディス2世と戯れながらたまにアーチャーに絡まれていた。
一方の唯斗は、壁に凭れたアーサーの膝の間に収まっている。寝ているわけではないが、単にこの姿勢で休むようにアーサーに言われてのことだ。
特に何かをしなければならない時間でもないため、唯斗はアーサーに言われるがまま、その膝の間で青い生地を敷物のようにしてもらいながらくつろいでいる。
今回は体の右側でアーサーに凭れながら、ふと、ここで気になっていたことをアーサーと念話で共有してみることにした。
(アーサー、ちょっといいか)
(うん?なんだい、念話で改まって)
(…あの新宿のアーチャー、正体に心当たりあるか?)
(君に分からないなら僕にも分からないよ)
アーサーの首筋に顔を埋めるようにして顔を隠しつつ念話で問いかければ、アーサーは唯斗の頭を撫でながら素直に分からないと返した。
分かってはいたが、中世初期のイングランドの者ではないようだ。
(あの胸元の模様、あれはイングランドの国旗だ。服装はベストをしているから17世紀後半以降、シャツがシュミーズじゃないから19世紀後半以降かもしれない)
(なるほど、服装で判断するということか)
(もちろん、服装は英霊の個性や後世の伝承も反映するから、100%じゃないけどな)
スーツの原型が生まれるのは17世紀後半、イングランド王室が放漫な財政出費から一転し、イメージ回復のために節約をアピールして生み出された服装プロトコルである。スリーピースというものので、ジャケット、ベスト、ズボンから成る。
特にベストは、袖がないことで節約の象徴としたが、逆に拘りが見られるように進化してしまい、ルイ14世はベストにダイアモンドを数百個縫い付けた。現代でも、ベストはスーツ周りで最も高い服飾品となっている。
また、下に着ているシャツも、絹などで作られたフリフリの近世らしいシュミーズというものではなく、現代に近い近代後期の綿製品のシャツだ。こうしたシャツは産業革命による繊維業界の激変と、フランス革命による服飾への民衆意識の変化が合わさって普及していくものであるため、二つの革命が同時進行した19世紀前半を過ぎてからの特徴と言える。
アーチャーの胸元についた飾りには、白地に赤い十字が描かれているが、これはイングランドの国旗である。十字架がギザギザになっていればハプスブルク=スペインのものとなる。
(19世紀後半以降というと、ローグリア…イングランドではめぼしい英霊はそういないかな?)
(有名人は多くいる、なんせ大英帝国の最盛期だしな。ディズレーリ、グラッドストン、マルクスやケインズなんかもそうだ。でも、さすがに英霊とはならない、偉大な人ではあるけど…英霊になれるとしてもマルクスくらいだろ。ただ、いずれにせよ、根っからの悪人っていうのが気になる)
19世紀後半といえば、ヴィクトリア時代のイギリス黄金期である。有名人は枚挙に暇がないが、かといって英霊になり得るかと言えば微妙だ。
何より、善性と悪性が切り離されて、悪性だけでアルトリアを追い詰めるような真性の悪人となると、史実のきちんとした偉人であるとは考えにくい。
(…やっぱり、ファントムやロボの存在を考えると、幻霊かもしれない。はっきりした悪性のある人間ってのも、フィクション性が高いだろ)
(なるほど、それは確かにそうだ。となると、19世紀後半が舞台の作品ということかな)
(あぁ。幻霊は極めて有名な人物じゃないとサーヴァントになれない。エミヤ・オルタも知らないはずがないと言ってた。19世紀後半の英国を舞台にする作品は掃いて捨てるほどあるけど、その中で有名な作品、かつ根っからの悪人でよく知られているキャラクター…)
やはりまず浮かぶのはジャック・ザ・リッパーやヘンリー・ジキルとハイドだろう。だがこの二人(三人)はすでにサーヴァントとして存在している。
この時代の作品で他に世界的に知られるものといえば、クリスマス・キャロルや不思議の国のアリスなどが挙げられるが、キャラクターの悪性というのが思い当たらない。
しかも、アーチャーは極めて頭が良いため、その思考力も加味する必要がある。
このほかに有名どころでいえば、もうコナン・ドイルしかない。つまり、シャーロック・ホームズシリーズである。
(…ジェームズ・モリアーティ、とか?)
(ホームズのライバルとして描かれるキャラクターだったね)
(…いやでも、幻霊とは限らない。さっき言った通り服装だけじゃ根拠が薄いし、何より、あの銃身とかいう建物で地球を破壊しようだなんて大それたこと、できるわけない。魔法とかが出てくるファンタジー小説じゃないんだから)
服装や時代、性格などの特徴すべてに合致する有名なキャラクターといえば、もうモリアーティしか思い当たらない。しかし、現実的な設定であるシャーロック・ホームズシリーズの登場人物がサーヴァントとなって地球を破壊するなどということができるとは思えなかった。
たとえモリアーティだとしても、それが分かったところで特に何ができるでもない。
(…ただ、もしも本当にモリアーティなら、その外道っぷりはそれこそ、フィクション特有の現実離れした悪性だ。やっぱり、信用はしない方がいいかもな)
(分かった。それなら僕もそうしよう)
アーサーはあくまで唯斗のことを信じてくれている。唯斗も立香を信じるだけで、アーチャーは信用していなかった。
ある程度、候補となり得る真名は検討できたため、引き続き、立香に代わって警戒すればいいだろう。