悪性隔絶魔境新宿II−2
しばらく思い思いに過ごしていると、やがてアーチャーは酔っ払って眠りについた。サーヴァントで酔っ払うのは、相当量飲むか耐性が弱まっている状態になっているかのどちらかだ。
ハサンはアーチャーが眠りについたことでビールの缶を置く。
「…しかし、マスター殿はご立派な御方ですな」
すると、おもむろにハサンはそんなことを立香に言った。立香は一瞬ポカンとしてから首をかしげる。
「え、いきなりどうしたの?」
「人理焼却を防いだだけでなく、こんな小さな特異点まで解決に赴いてくださるとは。人理焼却中ならまだしも、解決した今となっては、あなたが救うに値する場所ではありますまい」
『それはそうかもしれないが、現状は人理修復直後だ。ここからすべてが破綻する可能性だって十分ある』
立香はあまり特異点の大小というものを意識しているようには見えなかった。ダ・ヴィンチも、大きさより発生したことそのものを問題視している。
すると、ハサンはその大柄な体をぴたりと止めた。そして仮面の口元に指を当てる。
「お静かに…どうやらこの建物の周りを何者かがうろついているようです。マシュ殿、少しお調べいただけますかな」
『は、はい…調べましたが、反応はありません』
『マシュは定期的に周囲をチェックしている。怪しい存在があれば、気づくはずだけど』
どうやらハサンは敵性反応が建物周辺にあると感知したようだ。しかしカルデアでは観測されていない。
「気配を遮断…もしやアサシンの仕業でしょうか。マスター、様子を見に行きましょう」
いや、たとえ気配遮断だとしても、カルデアの観測は五感によるものではない。観測データまで欺くほどの気配遮断ともなれば相当に高位なサーヴァントだが、それならば逆に地下にいるハサンが気づくのもおかしい。
あのアーチャーが特に疑いもせずにハサンを受け入れているのも気がかりだ。
そもそも、なぜいきなりハサンが現れたのか、なぜそれなりに新宿の状況を理解しているのか、ハサンの存在をアルトリアやアーチャーが知らなかったのかが疑問だった。
なぜなら、この新宿にまともなサーヴァントなどいない。オルタ化している者や幻霊など、英霊として真っ当な状態ではない者ばかりだ。
頷いて立ち上がりかけた立香を、唯斗が立ち上がって制止する。
「俺とアーサーが行く。ハサン、気配を追ってくれ」
「唯斗…?」
「立香はちょっと休んでろ」
ちらりと唯斗は同じく立ち上がったアーサーに目配せする。
アーサーもごく僅かに頷いて、ハサンに声をかけた。
「ねぐらで激しく戦闘するのは避けたい。私とあなたで迅速に対処しよう」
「……分かりました、では参りましょう」
ハサンは唯斗とアーサーを連れて上階へと上がり、暗いハンバーガーショップを出て通りに出る。
そこにはなんの姿もなく、唯斗はアーサーの後ろに控えながらハサンを窺った。
「おや、何もおりませんな」
「そうか?得体の知れないサーヴァントなら1騎、目の前にいるけどな」
「はっはっは、唯斗殿はマスターと違って警戒心が高いようだ。いえ、それが普通でしょう。初対面の人間を無条件に信用する人間はただの愚か者だ。あなた方にとって、私は苦難を乗り越え仲間や友人と呼べるような、そんな信用に足る相手でしたかな?」
「まぁ、呪腕のハサンは第六特異点で味方だったからってのもあるけど…知っていることが少ない薄い関係の相手でも信じるってのは、勇気もいるし、それも一つの才能だ。立香の長所で、俺にはないところだな。それを愚かだと断じるなら…まずはお前が、他者を信じない理由が己の臆病でないことを証明しろ」
「…ふは、あんた、あのマスターと一緒にいるだけあって、普通の魔術師じゃねェんだなァ」