サーヴァント・サマー・フェスティバルII−13
ジャンヌ・オルタの部屋を出て、二人は宿泊している自分たちの部屋に移動した。すぐ隣ではあったが、ずっとアーサーは唯斗の手を引いていた。
部屋に入り扉が閉まるなり、アーサーはこちらを振り返ると、身を屈めて唯斗の唇に自身の唇を寄せた。
触れ合う感覚が一瞬してから、すぐ目の前に翡翠の瞳が開かれる。
「…すまない、さっきは寂しい思いをさせてしまったね」
「……、なんであんなこと言ったんだ」
ごく小さな唯斗の言葉は、ここが静かな部屋だから聞こえたようなものだ。
ただの例え話だと理解しているが、アーサーの口からああいうことを言われたのは初めてだったため、ひどく動揺している自分が少し恥ずかしくなる。
それでも心のざわつきは抑えきれなくて、そのまま言葉が出てしまった。
アーサーは唯斗を正面から優しく抱き締めて、後ろに回した手で後頭部を撫でる。唯斗はアーサーの肩口に顔を埋めた。
「あれくらい言わないと、特にガウェイン卿は私を気にして君への思いを頑なに封じてしまう。滅私の騎士だからね。正々堂々受けて立つならそれくらいしないといけなかった」
「なんでわざわざ。つか、あんな、他のみんなまで…」
すでに唯斗の心はアーサーに向いている。その状態でなぜ、今更そんな勝負事のように扱うのだろうか。そもそも、並々ならぬ感情をサーヴァントたちが向けてくれていたのは知っていたが、一方で彼らは本当に唯斗をどうこうしようとはしていなかった。この関係が有限だと知っているからだ。
しかし、長可の言葉をきっかけに、彼らは方針を転換してしまった。
「ライダーが言っていた通り、サーヴァントにも求める権利があるという話だ。君の選ぶ権利とともに、サーヴァントたちが関係の有限性を気にするか否か、それを前提に君の心を取りに行くかどうかはそれぞれの自由だと」
「それで、アーサーはそれを正々堂々と受けて立つって言ったんだな」
「あぁ。同じマスターを愛する立場だ、彼らの思い、そして彼らと君が築いてきた関係に敬意を表するためにも、私はそれらをなお乗り越えて、君に愛してもらえるよう努めなければならない」
「そんな、俺なんかに、」
すると、アーサーはそこで唯斗の唇に人差し指を押し当てた。唯斗は押し黙る。
「なんか、ではない。気持ちは分かるよ、彼らも今頃、君のことを追い詰めてしまったと反省しているだろう。特に森殿はね。英霊たちにここまで思われるに足る人間であると思うには、君の過去は君に対して冷酷だ。しかし、それでもなお誠実に彼らと向き合い、ともに戦った君を、他でもない唯斗を、彼らは愛するようになったんだ」
「…、そういう気持ちを否定するような言い方はよせってことだろ。でも、それでも俺は…俺が、みんなに、アーサーに好意的に思ってもらえる努力すべき立場なのに」
「それは十分に実を結んだよ。いや、恐らく、そうしようと思っての言動ではなかったからこそ、君のこれまでの歩みが彼らを本気にさせたんだ」
彼らに好かれるようなことを進んでした覚えはない。だがアーサーが言うには、だからこそ、唯斗の言葉や行動は意味を成したのだという。
これまでの人生で、ここまで人から好意を向けられたことなどない。いや、そもそも考えてみれば、複数の人間に恋愛感情を抱かれている状態など、それこそラブコメでしか見ないような状況だ。
ただ、そんな状況を甘んじて受け入れるには、唯斗は普通の感情すら、これまでの人生で誰かに向けられることがなさすぎた。
どうしたらいいのか分からず、漠然とした不安感が湧き上がり、唯斗はより深くアーサーに抱きつく。アーサーも応じてしっかりと抱き締めてくれた。
「大丈夫、彼らもああは言っていたが、君より長く生きた立派な大人で、そして何より君を大事に思うサーヴァントだ。君は今まで通り過ごせばいいさ。何かを変えたり、君自身が変わったりする必要はない」
「…ん、」
とりあえずこのままでいいとのことだったため、唯斗はいったん落ち着く。要は、彼らの心構えが変わっただけなのだろう。それならば、唯斗は今まで通り彼らと向き合っていこうと思った。