愛しき過去にさよならを−1
体感では3か月もの時間を過ごした夏が終わり、9月がやってきた。
依然として、魔神柱の捜索と小さな特異点の修復に追われる日々だったが、そんなある日、突然立香が意識を失うトラブルが発生した。
まったく起きる気配のない様子に、カルデアはグランドオーダー中に巌窟王と出会ったときのことが思い出され、長らくこのままとなる可能性が出てきた。
立香のレイシフト適正が高すぎて夢でもレイシフトしてしまう、というのは珍しいことではないのだが、とはいえ一大事なのは間違いなく、唯斗はこの事態の解決のためにダ・ヴィンチたちを手伝うことになった。
まずはサーヴァントを立香の意識が落ちた先にレイシフトできるか手当たり次第に確かめるという荒業を行い、100人近い試行を繰り返した結果、風魔小太郎だけがレイシフトに成功。
このことから、江戸時代の日本にいるのでは、という推測が立てられた。
また、マシュの証言では、立香が意識を失ったのは宮本武蔵の話をしているときだったという。
宮本武蔵は江戸時代、現在の岡山県美作市で生まれたとされる剣豪であり、日本の剣士として恐らく最も有名な人物だ。
当然、男性であるが、立香がかつて同じように夢で縁を結んだ相手は女性だったという。同じ夢での出来事で縁を結んだサーヴァントとしては、他に酒吞童子や茨木童子、頼光がいる。
この女性の宮本武蔵は別の世界の出身であると考えられており、恐らくこの人類史の存在ではなく、アーサーに近い立場だと予想されていた。このことについてマシュが調べている中で発見した資料の閲覧中、立香は意識を失った。
小太郎のレイシフトが成功したことで、次の対策を練るべく、ダ・ヴィンチ、ホームズ、唯斗、アーサーが会議室に集まった。
テーブルを囲んで4人だけになると、早速ホームズが口を開く。
「さて異世界のアーサー王、私はあなたから得られる情報が鍵になると考えている」
「だろうね。世界線を超えて移動する、しかもサーヴァントでもない人間。私と同じ存在だろう」
そう、宮本武蔵はサーヴァントではない。サーヴァントとしての反応がなかったというのだ。
「…宮本武蔵が関わっている、というのも憶測でしかない以上、私はそれをもとに推測を進めたくはないのだが……」
「現状、そうも言っていられないからねぇ」
名探偵であるホームズにとっては、何一つとして確証のない状態で仮定に仮定を重ねることは避けたいのだろう。しかし、今カルデアにできることは、あらゆる可能性を検証することだ。
唯斗は考える上で必要になる情報を考える。
「…一番考えなきゃならないのは、なんで意識だけレイシフトしたか。こういう場合、立香は呼ばれるように引きずり込まれるのが普通だ。なら、その要因を考える必要がある。前回の巌窟王のときは、ゲーティアの仕業だった」
第五特異点のレイシフトを控えている頃、立香は突如として同じように意識を失った。
1週間にわたる昏睡状態でマシュもすっかり憔悴してしまったものだ。
あのときは、第四特異点で魔術王ことゲーティアが呪いをかけ、立香を配下のサーヴァントに始末させるべく、夢から意識を引きずり込んだ。しかし、その配下のサーヴァントこそが巌窟王であり、立香を助けカルデアにまでやってきた面倒見のいい人物である。
ホームズは手元のタブレットに表示された当時の記録を見ながら頷く。
「そう、あのときはゲーティアによる犯行だった。今回も同様に、外的要因があるだろう。アーサー王にとっての、向こうの世界のマーリンのような存在だ」
「藤丸君の意識を江戸時代の日本に引っ張った要因、ということか…その検討はつくのかい?やはり魔神柱だろうか」
「その可能性は否定できないが、魔神柱ではこのレベルのことをするだけの力がない。これまでの魔神柱たちだって、カルデアによるレイシフトを必要としていた」
ホームズはアーサーの推測に対して、首を横に振る。唯斗も同意見だ。
新宿、SE.RA.PH、アガルタはいずれもカルデアによるレイシフトが必要だった。魔神柱が呼んだわけではなかったのだ。時間神殿での戦いで傷つき、力を失っている魔神柱たちが、意識だけとはいえ人間を一人異次元に転移させることはできない。
魂の質量とはそういうものだ。