愛しき過去にさよならを−3


立香が医務室のベッドに横たわり、点滴でなんとか生命を繋いでいる間、万能の天才はついに立香の座標を特定した。
1639年、寛永16年の房総半島、それが立香の座標だ。

唯斗は管制室でマシュとともにダ・ヴィンチの所長席の画面を覗くが、唯斗は怪訝に思った。


「…なぁダ・ヴィンチ、これって……」

「よく気付いたね。そう、これは正史ではない。特異点と言えば特異点なんだが、これは一つの歴史として確立されている。いわば異世界、と言った方がいいだろう」

「異世界、ですか…?」

「そうさ。新宿、SE.RA.PH、アガルタは亜種特異点。ならこれは、亜種並行世界ってところだ」


亜種並行世界。この世界とは異なる世界であるものの、完全に独立した世界というよりは、この人類史から派生した亜種ということだ。
そんなものが許容されるのか疑問だったが、ダ・ヴィンチは肩を竦める。


「唯斗君のことだ、いろいろ聞きたいだろうけど、私にもこれ以上は分からない。普通、この手の世界というのは、剪定事象…人類史から枝分かれした結果、それ以上は存続できないと世界そのものに継続を拒否され、消滅するものだ」

「消滅する前の段階ってことか。なら、特異点っていう感じでもないな。この人類史そのものが、俺たちの人類史とは違うし」

「おや、明確に違うと言えるのかい?」

「立香がいる房総半島中央部に、こんな巨大な市街地が存在したことはないからな。正史とは違うだろ」


日本を含む北東アジアは記録の文明であり、欧州や中東のように「実はこうだった」が少ない歴史だ。特に江戸時代ともなれば、日本の記録はほとんど正確に残されている。
房総半島の中央やや北寄り、それが立香のいる場所だが、そこには巨大な市街地が確認されている。このレベルの街は当時の千葉県地域には存在しなかった。

ダ・ヴィンチは「なるほどね」と納得しつつ、同じく感心したようにしているマシュに指示を出す。


「さあ、存在証明はもう開始している。マシュは通信復旧を試みて」

「はい!」


こちらで補足さえできれば、通信まであと一歩だ。だがやはり、マシュは通信が繋がらず焦ったようにする。


「ダ・ヴィンチちゃん!通信が繋がりません!」

「落ち着けマシュ、通信機を含む礼装がそのまま立香の意識に投影されてレイシフトしてるのであれば、起動してないだけだ。あくまで礼装の起動エネルギーとなる魔術回路はこっちの世界にある、意識体じゃ起動しないだろ」

「では、先輩とは連絡が取れないのでしょうか…」

「向こうで立香君の意識体が実体を持てるよう、あの世界に馴染めばいけるはずさ。諦めず、何度も試して」

「はい…!」


そうして何度もリトライすること数時間、突然、立香の声が管制室に響いた。


『マシュ!』

「先輩!良かった…!ご無事ですか?!」


映像も復帰し、立香がモニターに現れる。その向こうには、派手な和装の女剣士と、上裸で赤い肩衣と白い羽織を纏った男が見えた。『通信が回復したのですね!』という声は小太郎のものだろう。
そして、彼らの背後には、やたら禍々しい木造の建物が見えていた。赤い月に照らされた不気味な空間に、うねった木の根のようなものが建物を這っている。

どう見ても、状況は芳しくなさそうだ。


「立香、怪我は?」

『唯斗!唯斗の声をこうやって通信で聞くの新鮮な感じだ。怪我はないよ、ちょっと酒吞童子にお腹ぶち抜かれたけど』

「先輩!?」

『そりゃちょっとって話じゃねぇだろ…』


驚くマシュに加えて、通信越しにも低い男の呆れた声がする。情報量が多そうなため、いろいろと話したそうなダ・ヴィンチや、冗長な話し方をするホームズを差し置いて、唯斗がばっさりと切り出す。


「そっちの状況がまずそうだから、端的に情報共有するぞ。こっちの自己紹介は一通り事が済んだあとだ。必要最小限のことだけ話すように」


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