悪性隔絶魔境新宿II−4


アサシンが次の足場にしようとしていた20階建てほどのガラス張りのビルが、突如として轟音とともに傾いた。照明が瞬きながら消えていき、火花が散る光がビルのあちこちで輝く。窓ガラスも一斉に砕け、壁面が崩れて亀裂とともにコンクリートが破断する音が響く。
そして、その倒れゆくビルの瓦礫の合間から、こちらに向けて飛び出す人影が見えたかと思うと、空中にいるアサシンのところへ一瞬で到達した。

閃光のように現れたアーサーの翡翠の瞳は、完全に据わっていた。

ぞっとするほどの殺意に震えた瞬間、アサシンは唯斗をおもむろに手放した。そのままアーサーへと突き飛ばし、こちらに切っ先を向けるエクスカリバーに叩き付けようと蹴りつけてくる。


「く…ッ!」


咄嗟に唯斗は結界を展開して最初の衝撃を防ぐが、それでも一発で砕けた結界から足がこちらに伸びてくる。

すべてがコンマ数秒の僅かな出来事だった。
しかし、アーサーはいつの間にか唯斗を抱き留め、エクスカリバーでアサシンの左腕を切り裂いた。

唯斗は再び自分たちとアサシンの間に結界を張ると、アーサーはその結界を心得たように足場として蹴って、空域から離脱した。
数秒で雑居ビルの屋上に着地したアーサーに抱えられながら慌てて上空を見上げたが、すでにアサシンは立香を抱えて夜の闇に消えてしまったようだ。


「立香っ、」

「大丈夫、アルトリアたちが向かっている。たとえ逃げられてしまっても、新宿のアーチャーは恐らくこうなることを見越していた。何か策があるはずだ」


アーサーはそう唯斗を落ち着かせるように言って頭を撫でる。そのまま、唯斗の体をぽふぽふと撫でていく。


「怪我はないね、良かった。僕がいながら一瞬でも君を連れ去られてしまうとは、己の至らなさに苛立ってつい聖剣を解放してしまった。新宿駅南口方面まで吹き飛ばしてしまったけれど、あまり問題はないね」

「え、」


アーサーの腕の間から眼下の街並みを見てみると、確かに、先ほど倒壊したビルから東側が一区画分、消し飛ばされていた。
線路沿いに立つ象徴的な三角形の鉄道会社の高層ビルや病院などのいくつかの高層ビルとともに、一帯の複数の建物が崩壊して瓦礫の山と化している。ところどころから火災の炎と煙が上がり、鉄道会社のビルは線路を完全に塞ぐように倒れていた。
あの建物ひとつひとつが魔力の漲るものだからこれで済んでいるが、実際の新宿であれば、この破壊は線路を越えて四丁目から新宿御苑、二丁目へと至っただろう。


「…苛立ってこの惨状……?」

「これでもかなり加減しているよ、君を助けることが目的だったから。君をみすみす攫われてしまったのは僕の落ち度でもあるし」


愕然としていると、アーサーは唯斗をより深く抱き締める。肩に顔を埋めるような体勢になったが、そっと至近距離でアーサーの顔を見上げてみると、アーサーもこちらを見下ろす。
先ほどはとんでもない殺気を放っていた翡翠の瞳は、今はドロドロとした甘い色をしており、唯斗の腰を抱く腕も、頬を撫でる指先も、すべてが唯斗への感情を宿しているかのようだった。

おろおろとしてしまっているのが分かったのか、アーサーは苦笑して唯斗の前髪を梳くように撫でる。


「騎士王が恋人になるということの意味を、ようやく理解した顔だね?」

「あ…えと、その…」


直截な言い方に、カッと顔に熱が溜まるのを感じる。唯斗は顔を隠そうと再び肩に顔を置こうとしたが、甲冑の金属が邪魔になったため、首筋にすり寄って僅かに晒された肌に鼻先を当てるようにして抱きついた。


「…なんつか、その、嬉しいって思っていい場面なのかなって…ほんと、色々気をつけないとロンドンでも東京でも吹っ飛ばされそうっていうか…でも、正直、めっちゃドキッとした」

「ふふ、君は本当に可愛いね、唯斗。君に望まぬ結末を与えようとする者なら、時計塔でも新宿でもいくらでも焼き払えてしまうけれど、無辜の民を傷つけたくはない。君の安寧が世界の安寧に繋がるのだと、分からせるべき相手に分からせていこうね」


正直、とんでもないことをこの男は言っている。しかし、そんな言葉ひとつひとつに嬉しくなってしまう自分も大概だと、廃墟と化したビル街を背後に思ったのだった。


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