愛しき過去にさよならを−6
立香が亜種並行世界から無事に帰還してからしばらくの間は、立香がずっと寝たきりになっていて体力が落ちていたことから、唯斗が主にレイシフトなどを行ってきた。
やがて9月後半には立香も復帰し、二人で訓練や小特異点へのレイシフト、あるいは本格的な査問に向けた資料の手伝いもしている。
そんな中、10月に入ってすぐのことだった。
二人は管制室に呼び出され、ダ・ヴィンチが映したモニターを前に次の特異点の話を聞かされていた。
「場所は2010年の東京。知っての通り、とても特異点になるような場所じゃない」
「新宿の余波か?」
「影響は受けているだろうね。ただ、この特異点は実は、グランドオーダーのときから『揺らぎ』として観測されていたものだった」
特異点になる前の、歴史の揺らぎ。それが、2010年の東京ではコンスタントに観測されていたらしい。ただ、それを無視していたのは、グランドオーダー中には現代に特異点が生じるとは思われていなかったこと、そもそも特異点ではないためレイシフトなどができるわけでもないことが理由だ。
新宿の事件がきっかけで、1年近くにわたって揺らぎでしかなかったこの場所が、特異点と化したらしい。
「たとえ特異点となってもすぐに自然消滅する、それがトリスメギストスの予測だった。でも、それが急に危険性を増してね。修復対象としてプライオリティが上がったんだ」
「変な感じだね…」
「変なのはそれだけじゃない。トリスメギストスは、これが特異点から徐々に下総国に近似した値を示し始めたことを示唆した。まだそこまでは到底至っていないけれど、放っておけば、そうだね、1年後には下総と同じ亜種並行世界になっているかもしれない」
「枝分かれした直後ってことか」
「そういうこと」
ダ・ヴィンチ、そしてトリスメギストスの演算では、この特異点は歴史が枝分かれした直後の空間であり、今はまだ特異点となっているが、やがてこの中の歴史が進めば一つの剪定事象となるとのことだった。
さらに、ダ・ヴィンチは観測された東京をモニターに映す。
「まだ厄ネタはある。これはシバが観測した、この特異点における東京都心部、23区の様子だ。魔力反応を重ねると…」
「……なんだこれ」
モニターにはなんでもない東京の街並みが映し出されている。高いところから俯瞰的に映されているが、そこに魔力反応を重ねると、巨大な円形が3重になっている。
「…これは明らかに魔術式だな。しかも、ほぼ23区全体を覆ってる」
「そういうこと。そして同時に、明確な聖杯反応もある。かつて立香君が巻き込まれた帝都の聖杯戦争、あれが近しい事象だろう」
「街全体を一つの術式にしてるってことだよね。結構やばくない?」
日本はもともと魔術耐性が高い地域だ。それにも関わらず、2010年という現代において、しかも首都東京で、ここまでの魔術式が形成されているというのは異常だ。
神秘の秘匿を第一とする魔術協会からすれば発狂ものである。
「事態は極めて特殊だが、しかしモノとしては小特異点に他ならない。編成は自由だよ。時代が非常に近しい分、送り込めるサーヴァント数も比較的多い。ただ、現地では術式調査が予想されるから、そこは考慮してくれよ」
「うん、了解」
「現代なら目立たないサーヴァントだな。獲物も小さい方がいいか…」
「日本慣れしてるサーヴァントだとなおいいね」
すでに唯斗も立香も、この時点である程度絞れている。
ダ・ヴィンチもそれを理解して、モニターに文字を打ち込んでいく。
「ではレイシフトは明日としよう。今日の夜までに編成を提出するように」