愛しき過去にさよならを−7


翌日、レイシフトは無事に完了し、7年前の東京に降り立った。
唯斗はアーサーのほか、日本人だったエミヤと、東京での聖杯戦争を経験したことがあり、杖以外の武器を持たないオジマンディアス、そして術式調査要員としてマーリンを連れてきた。
立香はキャスターとしてメディアと、同じく日本での聖杯戦争を経験したというランサーのクー・フーリン、英雄王ギルガメッシュを伴っている。3人は日本に行くと聞いて微妙な顔をしており、英雄王は「セイバーはどうした」としきりに聞いていた。彼がセイバーと呼ぶときはアルトリアを指しているが、アルトリアと英雄王に騒がれても困る、ということと、今回は火力より調査能力の方が重要であることもあって、アルトリアはいろいろな意味で留守番となっている。

ご立腹の英雄王をなんとか宥めつつ、11月中旬の東京にやってきた一同は、郊外に位置する井の頭公園の森の中にレイシフトした。
着いてすぐ、アーサー以外のメンバーには霊体化してもらい、立香と唯斗、アーサーの三人で移動を開始する。


『無事にレイシフトは成功したね。様子はどう?唯斗君の地元だろう?』

「特に違和感はない。めちゃくちゃ懐かしい」


そう、この辺りは唯斗にとっては地元だ。レイシフト座標としたのも、目立たないよう広大な緑地である必要があったということと、拠点として唯斗の屋敷を使うためだった。


「2010年の11月であれば、父が母を生き返らせる召喚術を実行して命を落として、俺は魔術協会の監視を受けるためにフランスのグロスヴァレ本邸に移動したあとだ。だから、東京の雨宮本邸は無人になってる」

『過去とはいえ実家に帰るんだ、ほっとするんじゃないかい?』

「すっかりカルデアの方が実家みたいな気分だ、落ち着かない」


唯斗は苦笑しつつ、公園を見渡して道を歩き始める。
本来は人が入ってはいけない森であるため、こそこそとしながら園内の道に出て、住宅街に向けて歩き出している。


「まさかレイシフトで唯斗の家にお邪魔することになるとはね〜」

「僕にとっても、それこそこの2010年以来だ」

「そうだな、アーサーが助けてくれた年ってことでもあるもんな」


この年の初夏、唯斗は父の術式の触媒として使用され、大量の血を流す中で、召喚術に巻き込まれたアーサーと出会った。
それから半年近く経過した時点が今だ。

あらゆる意味で懐かしい場所を進むこと10分、住宅街を歩いて行くと、急に広大な敷地が現れた。ぐるりと塀で囲まれた和風の屋敷だ。吉祥寺駅にほど近い一等地をこれだけ占有しているのだ、いったい地価だけでどれだけするのか。

屋敷の正門に到着すれば、閉ざされた門の横にある通用口から入るだけだ。そうすれば霊体化も解除してもらえる。
そう思って、自分に伴ってレイシフトさせていた小さな鍵を取り出すが、そこに、突如として後ろから声がかけられた。


「うちに何かご用かしら?」

「………え、」


勢いよく振り返ると、そこに立っていた二人に唯斗の息が止まる。


怪訝にする女性、その女性の足下にひっつく小学校低学年くらいの少年。女性の方は、写真でしか見たことがなかったため自信がなかったが、さらにその後ろから別の人物も現れる。


「どうした?美紀子、一樹」

「私にも分からなくて…外人さん?外国の人かしら」


女性、美紀子に声をかけたのは、他ならぬ、唯斗の父その人だった。


雨宮・グロスヴァレ・バシル、それが父の名だ。バシルの名付けにはグロスヴァレの圧力が強かったため、雨宮による日本風の名前はつけられなかったのだろう。

バシル、妻の美紀子、そして息子らしい一樹という少年。どう見ても、三人が家族として、この2010年の東京にいた。しかも、この屋敷に暮らしている。
呆然として言葉を発せない唯斗に代わって、立香がすぐに笑顔で口を開いた。立香特有の、人畜無害スマイルである。


「すみません、実は近くの美術館にイギリスの友達を連れて行こうとしてたんですけど、迷っちゃって。そしたらとても立派なお屋敷があったので、とってもジャパンだって友達が見てたんです。すみません、不躾でしたよね」

「あら、そうなの?いいのよ、目立つものね」

「そうだな、無駄にでかいからなぁ。売ってしまえたら楽なんだが、そうもいかないのが悩み所だ。美術館なら、道を戻ってそこの公園を突っ切っていくといい。大きな通りに出るから、そこを左に曲がれば着くよ」


立香の咄嗟の機転によって、美紀子はにっこりと微笑んだ。バシルも笑って道を教えてくれて、そのまま三人は会釈しながら家に入っていった。バシルと美紀子の間で、両手を両親に繋がれて一樹が楽しそうに門をくぐっていく。

門の前には立ち尽くす唯斗と、気遣わしげなアーサー、困ったようにする立香だけが残る。


『…とりあえず拠点確保が先決だ。幸い、日本円を君たちに持たせてレイシフトさせている。金額は十分なはずだから、新宿駅前の高級ホテルに宿泊したまえ。吉祥寺のビジネスホテルじゃ、古代王二人に休んでもらうには忍びないからね』

「そう、だね。行こうか唯斗、アーサー王。電車乗るからみんなもはぐれないように着いてきて」


唯斗は頷くことしかできなかったが、立香とともに、まずは駅へと向かう。
新宿までの15分ほど、電車内ではひたすら沈黙を保ったが、これまでになく、気まずい沈黙だった。


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