愛しき過去にさよならを−8


西新宿の高層ビル街の一画に位置する高級ホテルに宿泊したカルデアは、とりあえずファミリースイートの広々とした部屋に入り、全員の霊体化を解いた。
窓の外に広がる高層ビル群と広大な市街地を眺めながら、唯斗は深く息をついて口を開く。


「…動揺して悪かった。もう大丈夫だ」

『動揺して当然だろう、正直、想定外も想定外だ。そして、この特異点の核心にいきなり迫ったのでは、とも思うよ』

『唯斗さんに無断で申し訳ないのですが、すでに雨宮家本邸のスクリーニングは行ってあります。ただ、魔術師の本家だけあって、魔力反応が多すぎて聖杯があるか判断できませんでした』


通信ではダ・ヴィンチがいつものトーンで言ってくれる。変に共感を示すでもないドライな感じに救われた。
そしてマシュも、事務的な報告を優先してくれた。二人とも、その方が唯斗にとって楽なことだと理解してくれている。


「そうだな、時代を狂わせるってほどのことができるのかは別として、現時点で明確に正史と異なるのは、やっぱ父さんたちの存命だ。いや、あるいは…俺がいないこと、つってもいいかもな」

「唯斗……そうだね、俺が知ってる東京とも何も変わらない。覚えてる通りの街だし…今のところ明らかにおかしいっていうのは、やっぱり唯斗の家のことだよね」

『先ほどあの三人のスクリーニングも行ったが、普通の人間だよ。君の父親、バシル氏もいたって優秀な魔術回路を持っている他はなんの変哲もない魔術師だ。いや、魔術師かどうかは分からないがね。そしてあの少年、一樹君だが、彼もあの二人の子供で間違いない。つまり、君の弟だ』

「つまり、この世界では、俺を生むときに母体を優先して俺を堕ろして、数年後に改めて子供を成して一樹って子を産んだ。無事に生まれた子供とともに、三人で仲良く東京で暮らしている…そういうことだな」


再び気まずい沈黙が流れる。自分を生むことを諦めた世界にレイシフトしている、そんな唯斗の現状に、メディアは痛ましそうにし、エミヤやランサー、マーリンも沈黙を保ち、シッティングスペースのソファーにふんぞり返る英雄王とオジマンディアスも読めない表情になっている。
アーサーはいろいろと言いたそうにしていたが、すべてを黙っていた。


「…まぁ、俺が生まれてこなかった方がみんな幸せだったってのは散々言われて来たし、俺もそうだと思うから、これ自体は別にいい。今はそんなことより、」

「そんなことなんかじゃないよ」


唯斗の言葉を遮って、立香ははっきりとそう言った。唯斗を真摯に見つめて毅然と言ってくれた立香に、唯斗は呆気にとられたあと、小さく笑う。


「…うん、ありがとな。そうだな、立香はそう言ってくれるよな。気をつける」

「……ううん、いちいちごめんね。話、戻そっか。とりあえず今は、唯斗の家のことも気になるけど、まずは術式のことだね」

「そう。俺の家もポイントになるかもだけど、まだちょっと調べようがない。変に警察沙汰になるのも困るし、何よりバシル…父さんは魔術師としてとんでもない実力だ。警戒されたら不利になる。まずは東京を覆ってる術式の検証に取りかかろう」


マスターである立香と唯斗が話を進めたため、カルデア側も、そしてサーヴァントたちもそれに従ってくれた。

この広いスイートルームには、応接用のシッティングスペースとは別にダイニングテーブルもある。そちらの方が天板の位置が高いため、立香はダイニングテーブルに、ホテル備え付けの東京の地図を広げた。
メディアとマーリン、立香、唯斗でテーブルを囲んで、他のメンバーはそれを外側から見守る。


「まずは術式の範囲だな。シバの観測では、ほぼ23区一帯を囲ってたけど」

『改めて君たちを起点に観測したが、術式に流れる魔力が膨大すぎて、正確な場所は分からない。ただ、三重の円を描いていること、基礎となる基幹術式は都心部に構成されていること、そして外側の二つの円は、基幹術式の拡張術式だと判明している』

「あら、そこまで分かれば特定は難しくないわ」

「そうだねぇ。ずばり、フィールドワークさ」


メディアとマーリンは同時にこのあとの行動を理解したようだ。大まかな範囲や構造が分かれば、自分の足で巡って正確な構造を理解すればいいということである。


「なるべく、この街を東西南北に横切る鉄道に乗りましょう。そうすれば、乗っているだけで自然とどこに術式が通っているか肌で分かる。概ね検討はついているから、確認という形ね」

「この規模の術式だ、拡張術式に魔力を送る結節点があるはず。そこまで分かれば、術式の解除もできる。どうせこんなもの、十中八九悪いことに使われるだろうからね。消してしまえば特異点修正に寄与するだろう」


メディアとマーリンはすでに色々と考えていてくれたようだ。さすが、コルキスの魔女とアヴァロンの魔術師である。

こうして、出だしからいきなり動揺してしまった唯斗だったが、とりあえずは今後の行動を決定できた。あとは実際に動くだけだ。


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