愛しき過去にさよならを−14
荻窪から蒲田まで、直線距離で15キロ。およそ15分かけて跳躍による移動を行い、オジマンディアスにようやく下ろされたのは、蒲田駅の私鉄のホームを覆うトレイン・シェッドの上だった。
トレイン・シェッドというのは、欧州の駅などに見られるホームと線路両方を一つの屋根で覆う形状のことで、かまぼこのような形をしていることが多い。
その屋根の上から、目に強化をかけて線路の先を見つめると、環八が線路を跨いでいるアーチ状の鉄橋に、アーサーと数人の魔術師がにらみ合っているのが見えた。
アーサーは霊体化できないため、鉄橋の歩道部分で両者が対峙している。通行人が邪魔そうにしているのが、彼らの緊張感とあまりに乖離していた。
「…行こう」
唯斗は一言そう言って、自分の足で雑居ビルを跳躍しながら、鉄橋へと向かう。
そして歩道に降り立ったところで、マーリンは迷彩を解除した。
突然アーサーの背後に現れた唯斗たちに、魔術師たちは驚愕する。
「な、なんだ、サーヴァントがさらに…2騎!?」
「お前、何者だ!」
唯一の人間である唯斗に、魔術師たちは慌てふためいて問いかける。それはそうだろう、制服姿の高校生が3騎ものサーヴァントを従えているのだから。
道行く人々も、何かドラマなどの撮影かと遠巻きにし始め、反対側の歩道を通り始めるほどだ。
橋の下からは、京浜東北線が行き交う音が轟々と響いてくる。
「強いて言うなら、アニムスフィアの研究施設の者だ。東京の魔術式を処理するために来た」
「アニムスフィア…!?なら、カルデアかセラフィックスか…いずれにせよ、こちらも魔術協会直々のオーダーだ、引くわけにはいかない」
「第一、アニムスフィアからすればあの男とは無関係だろう!雨宮もグロスヴァレも、代々召喚科の家柄だ」
「っ、」
息を飲む唯斗。やはり、バシルが原因となっているようだ。
しかし、あんな幸せそうな家庭を築いていた男が、なぜこんなことをするのか。あの男が狂ったのは、妻美紀子が唯斗を産んだことで亡くなったからだ。
魔術師たちはさらに詰め寄る。
「そもそも、貴様はなぜ3騎もサーヴァントを連れている!?どこにそんなエネルギーがあるというんだ!聖杯戦争をしているわけでもあるまいに、サーヴァントなど、神秘の秘匿に反する!!いくらアニムスフィアでも許されんぞ!!」
面倒だな、と思いつつも、あまりにも衆人環境であることもあって、唯斗はもう少し説得を試みることにする。
「それこそお前らには関係のない話だ。何より、我々とお前らの目的は一致している。こちらは迂闊に死者を出されると困るんだ、強引な解除をせずとも俺たちなら術式を無効化できる」
「何を根拠もなく!これだけの術式、そもそもどんな術式かも分かっていないんだぞ!お前らには分かるとでも!?」
「それは、」
「この術式は未完だ!あくまで、この術式内の人間の命を魔力に変換するためのものでしかない。それをどうするのか、肝心の出力式が存在していない!だが起動すれば、この領域にいる900万人もの人間が昏睡して死に至る!どうやって説明するんだ?!不可能だ!一夜にして日本の首都で900万もの人間が眠るように息を引き取るなど、自然現象でも科学でも説明できん!」
どうやら、この術式は人間の命を魔力に変換するだけの式になっているらしい。そのあたりまで調査済みなのはさすが魔術協会といったところか。
それにしても、900万人もの人間が一晩で命を落とすなど、これは魔術世界にとって致命的だ。アガルタにおけるラピュタほどではなくとも、それに近しいインパクトを与える。
「…それでもだ。俺たちはたとえ、この場でお前らを殺してでも術式を解除する。いいのか?サーヴァントが動いて。俺は神秘の秘匿なんざ知らない。それはお前らの仕事であって俺の仕事じゃないからな。どっちが有利だ?エジプト新王国第19王朝のファラオ、ブリテンの騎士王、その宮廷魔術師。この3騎に敵うとでも?」
「な……ッ、ラムセス2世にアーサー王、花の魔術師マーリン…!?」
「バカな、そんな、そんな英霊がたかがガキに…!?」
「…この神王たる余をいつまで待たせるつもりか。面倒ならばこやつらを全員この場で始末するぞ」
途端におののく魔術師たちに、オジマンディアスはここぞとばかりに圧をかける。それは、信じられないという気持ちを吹き飛ばすに足る王威そのもの。
後ずさった魔術師たちは、唯斗を睨み付けた。
「…ここは引いてやる。だが基幹術式の解除は譲らん。あの男は我々が始末する」
そう言って、魔術師たちは踵を返して去って行った。
ほぼ同じタイミングで、唯斗の後ろにいたマーリンが口を開く。
「こっそり解除を進めていたんだが、ちょうど完了したよ」
「ありがとな。立香、蒲田も解除した。これで外側の拡張術式は無力化した」
『了解!じゃあ内側の術式に移ろう!』
これで外側の拡張術式は解除された。唯斗たちも大森に移動して、解除を進めなければならない。
それにしても、まさか本当に父親が関わっているとは。最後にもう一度、あの男に向き合わなければならないらしい。