愛しき過去にさよならを−16
夜、エミヤは唯斗が寝室のベッドで眠りに就いたことを確認してから、リビングに戻った。そこにはサーヴァントだけがおり、マスター二人はすでに就寝している。
カルデアでも、ダ・ヴィンチだけが通信の窓口に立っており、マシュは休んでいた。
サーヴァントだけならちょうどいい、とエミヤは、特に唯斗のサーヴァントたちに話をすることにした。
「マスターも眠った。騎士王すら近くに受け付けないあたり、かなり動揺を引きずっているな」
「そのようだね。無理もない、自分がいない方が幸せそうな家族の姿なんて…」
唯斗の恋人という枠に収まった異世界の騎士王は、エミヤの知るアーサー王と基本的な性質を同一にしてはいるものの、こちらの方がより伝承の姿に近いような印象を受けていた。
それでもやはり、あの騎士王であっても、恋というものはいっぱしの人間のような姿にさせるらしい。心が参ってしまいそうになっている唯斗の姿に、アーサーもやきもきとしているようだ。
『この巨大な魔術式、それも東京900万人の命を奪うような代物を作り上げたのが、魔術協会の魔術師の言うとおりバシル氏…唯斗君の父親だというのなら、我々はその幸せそうな家庭を壊さなければならないかもしれない、ということだ。ある意味、これまでのどの特異点よりも過酷かもしれないね』
ダ・ヴィンチは通信越しに、珍しく本気で思案しているような声で言った。今までになかったタイプの場所だからだ。
その言葉を聞いて、ソファーに座るマーリンはため息交じりに口を開く。
「本当にね。マイロードにも、立香君にも厳しいものだろう。これで、マスターの過去の人物像と同じような父親であったなら、むしろ、マスターが父親を殺すことで過去の清算、なんてことにもなったかもしれないのだけれど」
それに対して、立っていたアーサーはすぐに隠しきれない殺気を向けた。マーリンも分かっていなかったわけではないだろうに、それでも口にしたあたり、本当にグランドクラスのろくでなしである。
「マーリン、君の有り様はよく知っている。だからそれを否定するつもりはない。だが、不快なものは不快だ。余計なことを言うくらいなら黙っていろ」
唯斗も過去の父親と同じ姿なら殺し甲斐もあるだろう、なんてマーリンの言葉には、当然アーサーは静かにキレていたし、エミヤも苛立ちを覚えた。なんだかんだ唯斗には過保護なきらいがあるオジマンディアスも、マーリンを睨み付けている。
「術式解除に貴様が必要である故、余も見過ごしてやっているが、その減らず口、縫い止めるも吝かでないぞ」
「私だってひどい話だと思っているさ。こんなこと、とてもマスターにはさせられない。父親殺しなんていうのは英霊の仕事だろう。いずれにせよ、この特異点でのバシル氏やその妻は普通の生活を送っているようだ。始末する必要があるのなら、私が眠らせよう。それが一番、マスターたちの傷にならないだろうからね」
マーリンは肩を竦めてそう言った。エミヤはひとつため息をつく。
「それもマスターの前では言うなよ。彼はお前のようなろくでなしですら、大切に思っている」
「もちろんだとも。私にとっても唯斗はとても大切な存在だ。この特異点に来てからの彼の感情は、正直あまり美味しくない。まるでゴムでも食べているようだ。普段のみずみずしい果実のような甘さに戻ってもらわないとね」
「結局、それは自分のためということだろう」
「同時に彼のためでもあるだろう?」
「やかましいぞ夢魔風情。我が先に貴様を眠らせてやろうか」
黙って聞いていた英雄王は、ついにマーリンに苛立ちを含んだ声で脅した。アーチャーの方のギルガメッシュは、キャスターと違って唯斗に対して特別な感情など抱いていないが、他ならぬ自分が特別な思いを寄せる相手ということで、一目置いている節がある。
賢王と違い、英雄王はやると言ったら本当にやる。マーリンは潮時だと判断したのか黙った。それを見て、ランサーは呆れたようにした。
「唯斗も厄介なヤツに気に入られたもんだな。ま、胸くそわりぃことは夢魔に任せりゃいい。それに、術式を無効化して聖杯を奪っちまえば、あの家族をどうこうする必要もねぇしな」
「その通りよ。第一目標は唯斗さんの家族の処理じゃない、術式を破却して聖杯を回収すること。履き違えてはいけないわ」
最後にメディアがそう言って、サーヴァントたちの意志も固まる。少なくとも、唯斗のサーヴァントたちは、唯斗が傷つかないよう全力を尽くすつもりだが、もしそのときが来たら、マーリンが手を下す。
サーヴァントの使命はマスターを守ること。それには、心も含まれるのだから。