愛しき過去にさよならを−23
もう500体は、宝具の雨によって消失しただろう。
無尽蔵に湧き出されるシャドウサーヴァントに舌打ちをしつつ、ギルガメッシュはさらにゲートを開いて攻撃を続ける。
先ほどから、立香の通信機は唯斗と母親の会話を拾っていた。メディアに守られ、ギルガメッシュの背後に立ちながら全体の指揮をする立香は、聞こえてくる会話にずっと唇を引き締めている。
雨宮唯斗、もう一人のカルデアのマスター。どんな人物か、ギルガメッシュはある程度理解していた。冷静沈着で頭脳明晰、見た目も良く基本的になんでもできるタイプだが、それでいてひどく人付き合いというものは下手で、最初の頃は無気力な機械のような人間だったという。
その理由が家庭の事情にあると知っても、特段ギルガメッシュは何も思わなかった。それは魔術師の家ではさほど珍しいことでもなかったし、不幸な人間など腐るほどいる。
ギルガメッシュは裁定者だ。人間の有り様を見定めて、裁決を下す。そうあるように造られた神の子であり、人類史最古の英雄王だ。
マスターである立香はまさに庇護するべき人類の象徴のような人間だったが、それでいて芯が強く、底抜けの優しさと善意は時にギルガメッシュですら薄ら寒く感じるほどだった。
しかし唯斗はその点では合理的だったため、度々立香と衝突していた時期もあったという。
今ではすっかり立香に絆されているが、とはいえ、そうなれたということは、唯斗は元からそうなれるだけの優しさを持っていたということだ。
ギルガメッシュとしてはそこまで特別な存在とは思っていなかったが、老齢の自分であるキャスターのギルガメッシュが並々ならぬ感情を向けていると知ってからは、注目するようになっていた。何が「自分」の琴線に触れたのか、純粋に興味があったのだ。
結局、それは第七特異点で過ごした彼らだけの時間に基づくものであるのと同時に、居場所がなかった唯斗が歴史にそれを見出し、だからこそ人理を繋ぐのだと決意し、英霊たちに対して彼らが紡いだからこそ人類史を愛して継承しようと、そしてそのためには自分たちこそが戦わなければならないのだと告げたからだと知った。
ギルガメッシュとしてはそれでひとつ決着というか、そんな唯斗の性質に納得していた。
しかし今、唯斗は重大な場面に立っている。自分が生まれなかった世界というこの空間で、自分がいない方が幸せそうな家族の姿を目にしただけでなく、その家族こそが特異点の原因となっている。
そして、会ったことのなかった母の今際の際に立ち会っている。
通信機から聞こえる慟哭と嗚咽、そして、繰り返し「母さん」と呼ぶ声に、立香は目元を拭っている。
メディアも何度も目を押さえていたし、カルデアからはマシュのものだろう啜り泣く声が聞こえてきた。
同じく通信が聞こえているだろうサーヴァントたちも、彼らなりに感じている感情をシャドウサーヴァントたちにぶつけるように戦っていた。
特に、唯斗と恋人なる関係になったという異世界の騎士王は、堪えるように大仰な攻撃を繰り返していた。
あのエジプト最大のファラオですら、怒りを露わにしている。己のマスターをこのような目に遭わせたものすべてが、すなわちこの特異点のすべてが、オジマンディアスには憎いのだ。
あのファラオにそこまで思わせるとは、あのマスターもなかなかの人間だとギルガメッシュは思う。
だが問題はこのあとだ。母との別れを済ませた唯斗が何をするのか。裁定者として、ギルガメッシュはそれを見定めるつもりだった。
やがて、母に別れを告げた唯斗は、離れから庭に出てきた。その顔に泣いた跡はなく、マーリンが消したのだと察する。あの夢魔も、このマスターにはそのような繊細な思いやりができるらしい。
唯斗はまっすぐと父親バシルのところまでやってくると、いまだに呆然と座り尽くす男の肩を思い切り掴んだ。
「いつまでそうしているつもりだ!!」
「唯斗!?お母さんは?」
「立香、ありがとな。別れを済ませられた。お前のおかげだ」
唯斗は立香を振り返って微笑んでから、再びバシルに厳しい目を向ける。
そしてバシルは、ようやく、立香が呼んだ名前と母という呼び方に、唯斗の正体を理解したらしい。
「ま、まさか…お前は、唯斗、なのか…?並行世界か?」
「あぁ。こことは違う世界、特異点であるこことは違う、正しい歴史の俺だ。あんたが出産に間に合わず、母さんが俺を産むことを優先した世界の俺だ。母さんを甦らせようと、召喚術式を悪用して死者蘇生を図り、俺をその触媒として生け贄にした、そんな父親がいる世界から来たんだ」
「……そうか。なら、こうしてここに来たのは、南極のアニムスフィアの施設からということか」
呆然としながらも、やはりあのマスターの父親なだけある、すぐにすべてを理解していた。
それに対して、唯斗は掴んだ肩をさらに強く力を籠めて揺すった。
「一樹は!?一樹はどこにいる!?」
「…、一樹は、この家の様子ではもう…」
そんな煮え切らない返事に、唯斗はついにキレた。
「あんたは母さんの夫だろ!母さんの願いを叶えてやれ!あの人の願いは、家族に生きてもらうことだった!子供に、そしてあんたに!なら、俺は息子として、弟のこともあんたのことも守ってやる!」
怒鳴った唯斗の声に、アーサーたちが一瞬振り返る。戦いながらも、唯斗の言動に意識を向けていた。
「俺に優しさが最初からあったというなら、それは母さんから受け継がれたものだ。なら、俺はそれを大事にしなきゃならない。これが最初で最後だ。俺に家族を守らせてくれ、父さん」
「っ、唯斗……」
バシルは初めて、唯斗の名前を呼んでいた。唯斗もそれに目を見開いている。まさか呼ばれると思わなかったのだろう。
それにしても、とギルガメッシュはニヤリとする。母に別れの言葉を継げ、正面から過去のトラウマのような存在である父親に啖呵を切った。それは怒りではない。
守るという決意だ。
戦うという覚悟だ。
唯斗は、前を向いていた。
だからだろう、バシルはようやく、その表情に生気を宿した。
「…一樹は、聖杯の近くの部屋にいる。そして、聖杯には別の願いをかければ、このシャドウサーヴァントは止まるはずだ…案内する。美紀子が願ったのなら…俺も、立たなければならない」
バシルはそう言って立ち上がる。どうやら唯斗を案内するらしい。
よかろう、とギルガメッシュは内心で告げる。
そして、本邸の瓦礫の山へと繋がるように、一直線に宝具を出現させて庭園に突き刺した。それは一つ一つが結界のようにシャドウサーヴァントを弾き、道を成す。
驚いたようにこちらを振り返った唯斗に、ギルガメッシュは高らかに言った。
「道は我が作ってやろう!!さあ行くがいい!貴様の過去に、今こそ決別せよ!!」
「…ありがとう!」
唯斗は小さく笑ってから、宝具によって生じた道を走り出す。バシルも隣を走っていた。
この英雄王自ら道を示してやるに足る覚悟を見せた。それなら、走るがいい。これもまた、人の歩みそのものなのだから。