愛しき過去にさよならを−24


唯斗は英雄王が作ってくれた道から、瓦礫の山へと足を踏み入れた。木造の巨大な邸宅が瓦礫と化したため、その範囲は広大で、瓦礫はまさに山となっている。
その合間をバシルの案内で進んでいくと、突然、唯斗は殺気を感じた。

シャドウサーヴァントを召喚した魔術師だ、と思った瞬間、バシルの方が速く行動に移した。

瓦礫の影から姿を現した魔術師の、首筋に転移術式を起動したのだ。大量に血を噴き出し、魔術師は倒れる。


「な…っ、魔術回路がある相手にどうやって…」

「魔術回路の位置を瞬時に見極めて、そこを避けるように動脈を転移させれば死ぬだろう。攻撃手段よりも目を強くする方が先決だ」

「なるほどな……」


思わず普通に会話してしまったが、ふとこれが父親との初めてのまともな会話だと気づく。
まさか、父にこんな普通の指導を受けると思わなかった。バシルも頬をかいている。


「…一樹がいた部屋はこの先だ」

「…分かった」


誤魔化すのが下手な様子に自分が重なり、こんなところで血を感じるとは、と唯斗はとてつもなく不思議な感じがした。

とりあえず、元凶の魔術師は倒せたため、あとは聖杯に別の願いをかければいい。唯斗はバシルとともに瓦礫をかき分けながら進んでいき、そして、畳に大量の瓦礫が折り重なった合間に、小さな体が力なく倒れているのが見えた。


「一樹!!」


バシルは叫んで駆け寄る。この人にも子供を大切にする力があったのか、と思ったその瞬間、まるで狙っていたのかのように、傾いた壁を突き破ってシャドウサーヴァントが飛び出してきた。
どうやら隠れていたらしい。一樹に誰かが近づいたところで、罠のように攻撃を仕掛けようと窺っていたのだろう。

シャドウサーヴァントはまっすぐ唯斗に向かってくる。その鋭い鉤爪は唯斗の首を明確に狙っていた。結界を出すには間に合わない。

息を飲んだ唯斗は、咄嗟に体を屈めて急所を庇う。背中から切り裂かれるであろう衝撃に備えて目を思わず閉じる。
しかし、その衝撃波やってこなかった。

代わりに、呻く声とともに、鮮血が瓦礫に飛び散った。


「な…っ、」


目を開けると、バシルが倒れゆくのが見えた。
なんと、唯斗を庇ったのだ。

呆然とする唯斗に、なおもシャドウサーヴァントは攻撃を重ねようとしたが、その前に、シャドウサーヴァントは剣によって叩き切られ、霧散しながら消失した。


「大丈夫かいマスター!!」

「アーサー!」


駆けつけてきたのはアーサーで、シャドウサーヴァントは消失。あとには血を流して倒れるバシルと、気を失っている一樹だけが残された。

唯斗は慌ててバシルに駆け寄り、怪我を負った場所を見遣る。傷口はあまりに深く、中の骨や臓器が大量の血だまりに見えていた。
ヒュッと荒い息を吐くバシルの顔には汗が浮かんでいるが、こちらを見る目は、唯斗を案じる色が浮かんでいた。


「け、がは、」

「…は、…いや、ない、大丈夫。つか、なんで、」


フランスでどれだけ伯母に虐げられても、日本でどれだけ孤独であっても、父親は決して唯斗を顧みることはなかった。
それなのに、バシルは今、唯斗を庇い、あまつさえ心配している。唯斗の知る姿から想像もつかない様子に、理解が追いつかない。

唯斗の世界で自分がどんな人間だったか先ほど知ったバシルは、唯斗の動揺を理解したようだ。脂汗を浮かべながら苦笑する。


「ふ…お前の知る、俺からは、信じられない、か…?」

「当然だ、あんたは、こんなことする人じゃ…」

「はは…美紀子の夢を聞くうちに、俺も随分と、魔術師らしからぬ絆され方をしていた…いつか、息子とサッカーしたりして、成長を感じてみたい、なんて、俺ですら思っていた…美紀子が、そう、俺を変えてくれたんだ…」


苦笑しながら、バシルは荒い呼吸を徐々に落ち着かせていく。呼吸で動いていた胸はどんどん動かなくなり、その瞳の焦点も合わなくなる。
父の傍に座る唯斗の背後で、アーサーは周囲を警戒してくれている。何も言わずに、ただ、唯斗を見守っているのだ。

父は唯斗を見上げる。


「…お前の世界の、俺も、同じだ…お前が生まれるまでは、この俺、と、同じことを、思っていたはずだ…だから、おまえの母も、同じことを、思っていた…」

「と、うさん…」

「……だから、生きなさい、唯斗………」


そう言って、父は最後に、アーサーを見上げる。アーサーも視線を感じたのか、父と目線を合わせた。


「…息子を、頼んだ」


それを最期の言葉にして、事切れた。大きく息を吐いて、目を閉じる。そしてそれ以上、動くことはなかった。

唯斗とアーサーが父の最期を看取るのは、これが奇しくも二度目だった。だがもちろん、前回とはまったく違う。唯斗への呪詛を吐きながら狂乱のうちに死んでいった姿とは違う、それは、まさしく父親の姿だった。


「…あなたの存在も、俺の人生には必要なものだったよ」


もう届かないだろうが、唯斗は最後にそう小さく告げた。アーサーは何も言わず、また、肩を抱くようなこともしない。今それをすれば唯斗が崩れてしまうと分かっているのだろう。その通りで、唯斗は相次ぐ出来事に、かろうじて思考を保っている。あまりに大きく揺れ動く感情を持て余しそうになりながらも、それを一つとして取りこぼすまいと、大きく息を吸った。

そして、倒れる一樹のもとへ向かう。まだ息はある。
隣の部屋だったのだろう、瓦礫の向こうに転がる聖杯を見て、唯斗は告げる。


「聖杯に願う。一樹の命を助けてくれ」


聖杯はその願いを聞き入れて、一度眩く光る。直後、一樹の体も一瞬だけ光り、その体にあった傷はすべて治った。
同時に、近くの召喚術式から出現し続けていたシャドウサーヴァントの波は止まる。

あとは、出現した分を立香たちが倒せば、すべて終わりだ。

息をついたところに、一樹が意識を取り戻したのか、もぞりと動く。呻きながら一樹は目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。


「あ、れ…?お父さん…?お母さん…?どこ……??」


自分が瓦礫の山にいることに気づいた一樹は、その大きな瞳に怯えを宿す。当然だ、目が覚めたら家が全壊して、自分だけがそこにいるのだから。
唯斗は一樹に優しく声をかけた。


「一樹、」

「っ!だれ!?」


驚いてさらに怯えを滲ませる一樹に、唯斗は微笑む。弟、というものがいる自分がまったくイメージがつかなかったはずなのに、不思議と違和感を覚えなかった。
唯斗は安心させるように一樹をそっと抱き締める。一樹も、唯斗に何かを感じたのか、抵抗せずに唯斗の腕の中に収まった。まだ小さい体が、急に愛しく感じられる。


「…大丈夫、俺が守るよ」


ついで口をついた言葉に、唯斗は自分で驚いた。
それは、かつて唯斗を抱き上げて救ってくれたアーサーが述べたものと同じだったからだ。初めて唯斗が人に抱き締められたあの瞬間と、同じことを唯斗は弟に言っていた。

唯斗は確信する。今この瞬間、完全に、唯斗は過去と決別したのだ。


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