愛しき過去にさよならを−25


すべてのシャドウサーヴァントを倒してから、メディアが屋敷の炎を消して、ここにすべての決着がついた。
結界はいまだに張られたままだが、太陽の光は通すらしく、朝日が瓦礫と化した唯斗の屋敷を照らす。

その瓦礫の合間を縫って、寝てしまった弟を抱きかかえながら唯斗とアーサーが庭に戻ると、立香が半泣きで駆け寄ってきた。


「唯斗!!」

「うお、どうした立香」


立香は一樹を起こさないよう声のトーンを落としつつ、一樹ごと唯斗を抱き締める。


「ごめん、ごめんね、やっぱり、魔術師たちは全員殺しておけば良かった、そうすれば、唯斗のお母さんが、死ななくて済んだのに…!」


どうやら立香は、いつも通り峰打ちで済ませた自分の判断を悔やんでいるようだ。倒し損ねた一人が屋敷で聖杯を起動したことへの責任を感じている。
立香の腕の中で、唯斗は苦笑する。


「立香のせいじゃない。だって、俺もそうしたから。俺がそう考えるようになったのは立香のおかげで、俺はそんな自分が嫌いじゃないよ」


そう言ってから、唯斗は二人を囲むように集まったサーヴァントたちを見渡す。


「みんなもありがとう、時間を作ってくれて。おかげで、母さんにも父さんにも、最後に挨拶できた。聞きたかったことが聞けて、言いたかったことが言えた。俺はあなたたちに、心を守ってもらったんだ。やっぱりあなたたちは、英雄なんだな」


唯斗の言葉を聞いて、メディアは涙ぐむ。優しい女性のため、少し申し訳ない気もする。
さらに、立香が体を離したのと入れ替わりに、ランサーががさつに唯斗の頭を撫でてきて、さらに英雄王までランサーを押しのけて唯斗の頭をぽんぽんと撫でた。そう言うには些か力が強く、若干地面にめり込むかと思ったが、エミヤがすぐに英雄王をどかした。


「不敬だぞ贋作者」

「俺のマスターなんでな」


エミヤはそう言ってから、唯斗に体を向けて微笑む。


「帰還したら、食事は君のリクエストを聞こう。考えておいてくれ」

「…うん、ありがとう」


あくまでいつも通りの範疇に留めてくれたエミヤだが、その声音は、今までで一番優しかった。
さらに、オジマンディアスまでやってくると、唯斗の頭を存外優しく撫でる。ランサーや英雄王よりも優しい手つきだ。


「…よく戦い抜いた、我がマスターよ」

「ッ、…ありがとな、オジマンディアス」


意志の強い瞳は優しい輪郭になっていて、今のオジマンディアスはサーヴァントやファラオというよりも、むしろ、まるで父親のように唯斗に声をかけてくれていた。そういう機微の変化に、唯斗は涙ぐみそうになったが、堪えて笑い返した。


「…一樹のこと、母さんのところに連れてく。立香、聖杯の回収とカルデアとの調整頼んだ」

『はいはーい、帰還レイシフトの準備はすでに進めているから、あとは自由にしてくれたまえ』

『特異点の原因だった術式は解除され、修復が始まっています。オーダーコンプリートです…お疲れ様でした』


明るくいつも通りに振る舞うダ・ヴィンチ、同じくいつも通りに言ってくれたマシュ。だが、マシュの声は鼻声で、言葉の最後は僅かに震えていた。そんな優しさに、唯斗は救われた気になる。純粋なマシュだからこそ、示してくれた共感が温かった。

場をアーサーたちに任せ、唯斗は一樹を抱えて離れに向かう。マーリンは言葉通り、離れの建物をまるごと守り通してくれていたようだ。

障子を開けて畳の部屋に入ると、母のそばでマーリンは立って出迎えてくれた。


「お疲れ様、マスター」

「ありがとな、マーリン。もうひとつ最後にお願いなんだけど、この特異点が消失するまで、この子に夢を見させて欲しい」

「了解したよ。とびきり幸せな夢にしよう」


マーリンは微笑んで、唯斗が母の隣に横たえた弟の額に人差し指を置いた。これで、終わりのときまで目を覚ますことはなく、幸せな夢を見ながら、特異点の消失を迎えることになる。

それを見届けて、唯斗は立ち上がる。すると、マーリンはぽつりと漏らす。


「私は夢魔、感情の消費しかできないから、同情も共感もできない。君の悲しみも、あんな味は二度と君から味わいたくないとしか思わなった」


日頃から自分を外道だと嘯くマーリンがこうしたことを言うのは平常通りだが、それでも、唯斗が見上げたその表情は、いつもと違うものだった。
唯斗は小さく笑って、その色の乏しい頬をそっと撫でる。マーリンはその接触に驚く。


「マスター…?」

「夢魔には人の心がないだけで、感情がゼロってわけじゃないだろ。事実、ストックした感情を取捨選択できてるんだし。確かに共感できる感情は持ち合わせてないんだろうけど、俺の悲しみの味を二度と味わいたくないと思ったマーリンのその心は本物だろ。そう思ってくれたこと、俺は嬉しいよ」


マーリンは目を見張ってから、ひとつ息をついて、そして唯斗を抱き締める。白いローブに包まれるようにして、筋肉質な腕に抱き込まれる。


「……君は、とても素敵な人だよ」

「…ん、ありがとな」


こうして、この特異点の修復は完了された。帰還レイシフトが始まり、全員が元の世界へと戻る。
最後に母の眠る顔を目に焼き付けて、唯斗はレイシフトの光の中に身を預けた。


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