禁忌降臨庭園セイレムI−1
11月末、時間神殿攻略から10ヶ月が経過し、この魔神柱の残党狩りというレムナントオーダー最後の任務を知らせる警報が鳴り響いた。
管制室へとやってきた唯斗と立香、マシュは、早速所長席のダ・ヴィンチから報告を受ける。
「さて、まずは警報の出所について早速確認していくとしよう。警報は北米の一カ所で探知された。魔力反応は特大だが、危険度は高くない。現時点では現地の局員と連絡を取り合いながら調査用のドローンを送り込んでいる」
「…連絡を取り合う?」
北米で警報が発せられた、というところまではいい。だがそのあとで聞き慣れない言葉が続いた。現地の人間と連絡を取り合うなど、それではまるで、今この瞬間、この時代に特異点ができているかのようだ。
「唯斗君の予想通りだよ。場所はアメリカ合衆国北東部、時空座標は2017年11月29日。そう、今この瞬間さ」
「そんな、歴史を狂わせる事象が特異点のはずです、現在進行形だなんて…」
マシュも驚き、立香もいつもと違うことに疑問を深めている。ダ・ヴィンチは「まぁまぁ」と3人を落ち着かせる。
「まずは一通り確認からだ。現地のカルデアスタッフ、および北米の魔術協会とも連携しているが、北米は日本同様、魔術耐性が極めて強く、もともと魔術協会のエージェントは非常に少ない。満足な支援は受けられないだろうね」
「ダ・ヴィンチちゃん、具体的な場所は?」
「これは今来たばかりの衛星画像だ」
立香の質問に、ダ・ヴィンチはモニターに画像を映し出す。そこには、米国北東部、マサチューセッツ州あたりが映し出されていた。しかし、一部が真っ黒になっている。
「まるで、クレーターとなってすっぽり覆われてしまったかのようです…」
マシュが言うとおり、ボストン北部の沿岸部が円形に切り取られたようになっており、周囲の都市の明かりが海岸線を夜でも宇宙から観測できるようにしているはずなのに、そこだけが消えていた。
「…、ダ・ヴィンチ、ここは、エセックス郡で間違いないな?」
「あぁ。歴史の長いマサチューセッツ州においても屈指の不吉なスポット、かの有名なセイレムを有するエセックス郡だ」
マサチューセッツ州エセックス郡は、複数の河川の河口が集まる複雑な海岸線を描く自治体で、セイラムという有名な町を擁する。
綴りを普通に発音すればセイレムとなるものの、本来はセイラムと発音するのが一般的だ。これは、この町の語源がエルサレムにあり、エルサレムをユダヤ人のヘブライ語でイェルシャライム、英語でジェルサラムと発音することに起因する。
エルは街、サレムは古代カナン・シリアの神シャラームが転じて、語根s、l、mの組み合わせがヘブライ語で「平らかであること」を意味することから、平和を意味する。つまり、平和の街という意味だ。
なお、この3文字の子音を語根とするのはアラビア語も同じであり、s、l、mを「平らかであること」とするのも同じだ。そしてこれを語根とする単語として、イスラームがある。要は、エルサレムもイスラームも単語のつくりは同じ「平和」なのだ。それにも関わらず、エルサレムを巡る血の争いはいまだ絶えない。
そんな「平和」を意味するセイレムもまた、近世魔女裁判の重大な一例である「セイレム魔女裁判」という凄惨な事件を起こしていることで有名なのである。
「半径7キロほどの円形の地域で、一切の人工の照明が確認できていない。文字通り闇に包まれてしまっている。ゆえに、その全貌はまだ見通せていない」
「そんな、じゃあ中の人たちは?」
「緊急出動した米軍の偵察機は、住民の生存の兆候も、微弱な電波の発信すらも捉えていない。5万人の人々の無事は杳として知れずというわけだ。ホワイトハウスの補佐官たちは、記者会見の準備で頭を抱えている頃だろうねぇ」
ここまでの事態が起きては、今頃ロンドンも大慌てだろう。神秘の秘匿を破る重大な事象だ。アガルタでの魔神柱の企み、あるいは唯斗の父親が東京で企てたことにも通じる。
「私が気になっているのは、これも魔神柱の仕業だろうが、これまでのアプローチと明らかに違うということだ。はっきり敵意を見せていた新宿、アガルタは過去に特異点を発生させた。人類を観測しようとしていたSE.RA.PHではビーストと化したキアラに乗っ取られ、明治日本では魔神柱の死体だけがあったものの、これらも人類からは隠されていた」
「今すぐレイシフトしないと!」
すぐに現地に向かおうとする立香だったが、ダ・ヴィンチは呆れたように制止する。
「こらこら、私の話を聞いていたかい?これはどう見ても、新手の罠だ。なら、最大限情報収集を行ってから万全の態勢でいかなければ。新宿やSE.RA.PHのようなことは許されない。マシュと唯斗君は事前調査の手伝いを頼むよ。立香君はおとなしく待機だ。いいね」
「そんな、唯斗だって仕事するのに…」
とはいえ立香に書類仕事は向かないのも確かだ。唯斗は立香の肩を叩く。
「現地での肉体労働は立香がいつもやってくれるだろ。俺もここでの書類仕事はほどほどにして、レイシフトの目処が立ったら待機に移る」
「…うん、分かった。マシュも唯斗も、いったん任せる」
「はい!お任せを!」
とりあえずは事前準備だ。この異常事態を前に、最大限、準備をして挑まなければならない。