禁忌降臨庭園セイレムI−2


まずはマシュと唯斗とで、世界中から寄せられる情報の精査を行っていたが、特異点発生から丸一日、ついに痺れを切らした立香が管制室に戻ってきた。


「ねぇやっぱ手伝えることない?」

「先輩…」


立香の気持ちも分かるのだろう、マシュはどうしようかと悩んでいる。立香に何か手伝わせて気を楽にしてやりたい気持ちと、休んでいて欲しい気持ちとで揺れているようだ。
ダ・ヴィンチは相変わらず忙しそうにしているため、唯斗は助け船を出すことにした。ちょうど、唯斗がまとめることになっていたフランス語の報告書もすべてまとめたところだ。


「ちょうどいい、立香、セイレムのことについて勉強する時間にするか」

「え、勉強?」

「俺もそろそろ書類仕事は切り上げて待機に戻る予定だったんだ。正直、あとは後方支援スタッフに任せた方がいい。立香はここの手伝いより先に、現地セイレムで起きた出来事について頭にたたき込んでもらう」

「そうですね、私もそれが良いと思います。現地は冬木のような都市型の特異点、調査が主目的ですので、現地の情報を唯斗さんの分かりやすい説明で頭に入れておくことも重要かと」

「うーん、なんか唯斗にうまいこと誘導された気がするけど、確かにそれもそうだね。邪魔するよりは、現地調査員の俺こそ理解しておかなきゃね。よろしく、唯斗」


立香も唯斗の言うことが尤もだと思ったのか、頷いて二人で一緒に管制室を出る。
二人はそのまま近くのラウンジに入ると、適当なテーブルについて、唯斗はタブレットを真ん中に置いた。
すると、いつの間にか立香はコーヒースタンドからコーヒーを用意して、ペーパーカップホルダーに紙コップを入れた状態で持ってきてくれた。


「はい」

「さんきゅ。じゃあまずはそうだな、ピューリタンの話からか。宗教改革とプロテスタントのあたりは理解できてるか?」

「えーと、ダ・ヴィンチちゃんたちが活躍したルネサンスの中で、原始キリストの研究も進んだんだよね。その結果、カトリックは腐敗してるっていうことで、フス、ルター、カルヴァンみたいな人たちが新しいキリスト教、プロテスタントを始めた」

「そういうことだな」


多くの特異点で関係してきた、15世紀の大事変。
ジャンヌ・ダルクが活躍した百年戦争が終結した1453年、ビザンツ帝国は滅亡し、オスマン帝国がアナトリアを支配。ここに初めて、現代のトルコとなるこの地にトルコ系の民族国家が成立した。

ビザンツ帝国から逃れたキリスト教の科学者たちはイタリアに渡るが、その頃イタリアでは、ローマの地下から発掘された彫像ラオコーンに端を発する、芸術を古代文明のものに戻そうというルネサンス運動が始まっていた。ビザンツの学者によって、これは科学や宗教、哲学など広い分野に広がっていく。
こうして、キリスト教の原初の教えを知った者たちから、宗教改革が始まることとなる。


「最初に主だった活動を始めたのは、神聖ローマ帝国の中心地ボヘミア、今のチェコにいたヤン・フス。フスは神聖ローマ帝国から迫害され、火刑に処される。それに怒り狂った民衆がプラハで暴動を起こして、フス戦争が勃発した。第一次プラハ窓外投擲事件はこのときだな」

「え、プラハ…なんて?」

「プラハの旧市庁舎の塔の窓から、帝国の役人や市長を投げ落として戦争が始まったんだ。プラハの市民は、これをあと2回くらいやる」


プラハ恒例の窓投げ事件である。
フスとこの戦争の影響を受けたのが、バイエルン地方の大都市アウクスブルクにいたマルティン・ルターで、ルターはカトリック教会を糾すために運動を開始する。


「ルターの考えは、カトリック教会に食い物にされて困窮するドイツ地域の人々の間で急速に広がっていった。それは結果的に、ドイツ農民戦争という形になる。これを皇帝は黙殺して、結局鎮圧させられたのは諸侯たちだった。諸侯たちは皇帝の態度にブチ切れると、シュマルカルデン戦争という形で帝国と衝突した。神聖ローマ帝国の内戦だな。こうして、プロテスタントは徐々に、宗教戦争という形で欧州全体に拡散していく」

「ドイツや北欧はルター派が多いんだよね。他のプロテスタントって、結構違うの?」

「違うと言えば違うな。ただ、聖書に帰れっていう点は一致してる。プロテスタントはやがてフランスやオランダにも広がっていくけど、それをもたらしたのは、スイスにいたジャン・カルヴァン。カルヴァンの考え方は、それまでカトリックで禁止されていた富の貯蓄や不労所得を認めるものだった」


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