禁忌降臨庭園セイレムI−3


多くの財産を抱えて裕福に暮らすことや、働かないで収入を得ることは、もともとのカトリックでは禁じられていたが、抜け穴は多く存在している。今でもイスラームでは不労所得が禁じられているため、イスラーム金融という独特の金融制度が確立されている。

不労所得の代表例は、金融取引による利子収入だ。貸したお金を返してもらう際に、利子を乗せて多く返してもらう。これは、働かずに儲けていることであり、宗教的には許されていなかった。

実は、これはユダヤ教では可能だった。そのため、ユダヤ人はイタリアのような先進地域において金融業を営むことが多かった。
彼らはフィレンツェなどの大都市において、バンキと呼ばれる長い椅子に座り、お金を貸したり通貨の両替をやったりしていた。
これが、銀行を意味するbankの語源であり、現代でもユダヤ系のロスチャイルドのような金融業が有名である理由だ。

同じくフィレンツェでは、そうやってユダヤ人が牛耳っていた金融業で、うまくカトリック的にも許されるような形で誤魔化しつつ、両替業などを主体に金を稼ぐ一家があった。それがメディチ家であり、共和制の都市国家フィレンツェにおけるリーダーでもあった。
また、メディチ家は薬の販売も担っていたため、これは医薬品を意味するmedicineの語源となっている。


「うまく誤魔化して金を稼いでいたカトリックの貴族たちに反発する意味もあって、プロテスタントは清貧、清く貧しくあるべきだという原始キリストの教えを堅持した。でもやっぱり金は稼ぎたい。だからこそ、カルヴァンの主張は画期的だった」


スイスのカルヴァンは予定説を提唱した。これは、人類のすべての未来は、神によって事前に決定されていた、つまり予定されていたものであるというものだ。
そのため、金融業を営んで利益を上げたとすると、これも神が事前に予定していたことであり、その利益が大きくなればなるほど、「神が私をこの職業に就かせた予定は正しかった」という神を礼賛するものとなる。これが資本の貯蓄を可能にする。


「カルヴァン派の考えは、特に金稼ぎに意欲的だったフランス東部やオランダ、イングランドに拡大していく。イングランドはこのときすでに国教会という独自のものになっていたけど、これは、国王ヘンリー8世が離婚するのにカトリックの教えが邪魔だったから、カトリックを離脱したっていう、随分としょうもない理由で始まったもんだ」

「この前、アガルタで言ってたやつだよね。ガリヴァー旅行記でイギリスを批判する理由のひとつだったっていう」

「そうそう。国教会はカルヴァン派の考えも取り入れた、カトリックとプロテスタントが混ざった独特の教会になる。一方、フランスではプロテスタントをユグノー、オランダではゴイセンと呼ぶようになった。イングランドでも、国教会を改革しようとする純粋なプロテスタントはピューリタンと呼ばれる。ユグノーは化け物の名前、ゴイセンは乞食、ピューリタンは馬鹿正直っていう蔑称だ」


それぞれの国で迫害される中で、フランスでは30年に渡るユグノー戦争が、オランダでは80年に渡るオランダ独立戦争が勃発し、イングランドでもピューリタン革命などの動乱が続く。
やがてそれらは、1618年から30年に渡って続く、最後にして最大の宗教戦争となる。


「最終的に、こうした欧州のプロテスタントを巡る対立は、神聖ローマ帝国の権力争い、豊かな地域を巡る領土対立、昔からの因縁、そうしたものが合わさって、近代的なものとしては世界最初の国際紛争に発展する。1618年、神聖ローマ皇帝のプロテスタント迫害に抵抗して、プラハ城で窓から国王顧問官たちを突き落とした事件、第二次プラハ窓外投擲事件をきっかけに始まった、最後にして最大の宗教戦争。それが三十年戦争だ。世界史において最も重要な戦争は何か、と聞かれれば、三十年戦争と答える。そういうレベルのもんだ」


三十年戦争の末に、国家は主権を持つという考え、信仰の自由という基本的人権、戦争時であっても守るべき法があるという国際法思想などが成立した。

こうして近代という時代が始まると、今度は欧州のアメリカ進出が進んでいく。


「三十年戦争は確かに重要な戦争だけど、実はイングランドはほぼ蚊帳の外だった。この間に、イングランドはオランダに倣って東インド会社を組織してアジア貿易を開始する。さらに、北米への入植も開始する」

「えーと、17世紀の前半だから…もうスペインとポルトガルで、アメリカのほとんどを獲得したあと?」

「そう。カリフォルニアやフロリダより南はスペイン領、ブラジルはポルトガル領。そんで、イングランドのピューリタンのうち、分離派と呼ばれる、国教会とは別の教会をつくろうとする人々がメイフラワー号に乗ってプリマスに上陸する。マサチューセッツ州の南部だな」


ルネサンスによる航海技術の発展と、地球は球体であるという考えの発展によって、コロンブスによるアメリカ大陸到達が達成され、後にドレイクや黒髭、バーソロミュー・ロバーツといった者たちによる海賊時代が現出する。
それもイングランド本国での政治的動乱と王朝の交代によって衰退し、最終的に、カリブ海は海賊のものではなくなっていた。


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