禁忌降臨庭園セイレムI−4
「最初は現地の原住民に助けられて飢えを凌いでいた白人入植者だったけど、三十年戦争も終わって欧州が落ち着くと、さらに入植者が増えて、だんだん先住民との軋轢が生まれていく。やがて、三十年戦争のあと、イングランドとフランスが徐々に対立を深めるようになると、ウィリアム王戦争という形でフランス人入植者も含めて衝突。先住民の多くが死亡して、部族が途絶え、白人たちの天然痘もあって北東部から先住民が姿を消し始めた」
「うわ、なんかほんと、植民地のあたりの話聞くとイギリスとかフランスのこと嫌いになる…」
「日本だって同じようなことを隣国にしてるからな。この罪を知ってるからこそ、イギリスでは旧植民地のことをめちゃくちゃ学校で勉強させられるし」
「なるほど…それで、セイレムっていうのは、プリマスの近くなんだよね。そのウィリアム王戦争のことが原因なのかな」
「いや、そうした先住民とのこともあるけど…ウィリアム王戦争が始まったのは1689年。そして、開戦から3年後、1692年。セイレム村という場所で、魔女裁判が行われるんだ」
沿岸部のセイレム市とは別に、複数の川が合流して入り江のような形になった水辺の奥まったところにセイレム村というものがあった。今ではダンバースと呼ばれている。
この村では、1692年に魔女裁判が行われ、19人が処刑、5人が獄死、1人が拷問死している。
「魔女裁判って、魔女狩りのやつだよね」
「あぁ。ピューリタン含めカルヴァン派のプロテスタントは基本的に万人司祭説といって、カトリックのように偉い聖職者がいる階級制じゃなく、神の下に平等っていう考え方をする。これはのちに、法の下の平等っていう近代法の根底になるものだな。特にイングランドは、子供であっても大人同様に一人の人間として扱う平等主義の国だから、子供であっても責任が認められ、裁判での発言権があった」
「…ってことは、セイレムの魔女裁判って……」
「そう、これは、子供たちが何らかの理由で大人たちを次々に告発していった結果に生じた出来事だったんだ。原因は諸説あるけど、こうしたプロテスタントとしての平等主義が拍車をかけたのは間違いない。これは一種の集団ヒステリーだ。集団ヒステリーっていうのは、実は強力なトップがいる明確な階級集団では発生しにくい。軍隊が規律を厳しくするのは、明確で強固な階級という縦社会が、パニックやヒステリーを防ぐからなんだ」
セイレム村のアビゲイル・ウィリアムズをはじめとする少女たちは、南部の先住民ティテュバを皮切りに、200人近くを告発して20人以上の犠牲者を出した。
いまだ多くが謎のままであり、それこそが、セイレムという名を呪われたものにしている。
「セイレム魔女裁判…そんな曰く付きの場所が、今この時代で特異点を形成してるなんて…」
「魔神柱は、個体でできることが少ないからこそ、既存のものを再利用して特異点をつくった。幻霊と新宿、物語とアガルタ、ムーンセルとSE.RA.PH。なら次は、魔女裁判とセイレムってことかもしれない」
他の特異点と比べると、スケールがひどく小さく思える。しかし、発生している出来事は本物だ。立香も特異点としての異質性に気づいて、表情を険しくする。
「なんか、いつもと本当に色々違うね…」
「それに、これが最後のレイシフトかもしれないしな」
「え、最後?」
唯斗が言うと、立香は驚いたようにこちらを見つめる。唯斗は肩を竦めて、タブレットを暗くする。
「魔神柱は4体の逃亡を確認していた。虚数事象で処理されたSE.RA.PHを含め、これで4体目。茶々たちが出くわしたっていう魔神柱の死骸はノーカンとして…これがレムナントオーダーの最後のレイシフトだ。12月に入れば新しい体制になる、レイシフトの権限は新しい所長のものになるし、そもそもレイシフトの必要性がなくなる」
「そっかぁ…うわ〜、このあとどうなるんだろ。特異点よりそっちのが心配だよ」
立香の言うことも尤もだ。だが、目の前に控えている最後のレイシフトもまた、とてつもないイレギュラーになりそうな様相だ。
すると、立香はテーブルの上で、タブレットに触れていた唯斗の手をおもむろに握りしめた。立香の一回り大きく厚い手に包まれ、唯斗は目をパチパチとさせる。
「…立香?」
「唯斗が俺のこと、一人にしないって言ってくれたようにさ。俺も、唯斗のこと一人にしない。アーサー王のこともどうなるか分からないけど、もし唯斗が一人でカルデアから追い出されるとか、逆に一人で残されるとか…とにかく、唯斗にそういう決定がされるようだったら、俺、ちょっと頑張って戦ってみる」
「な、魔術協会相手に何言ってんだ」
立香の言葉は嬉しかったが、本気でやりそうでもあったため、唯斗は少し焦る。しかし、立香は微笑んだ。
「この前の東京の特異点でさ。俺、唯斗がずっと、どんなものを抱えて俺のこと守ってくれてたのか、本当のこと理解できた。だから、次は俺の番だ」
「…、立香……」
過去と決別した先の特異点を経て、立香はより深く、唯斗のことを理解したようだ。直接唯斗の過去を見たようなものでもあったが、聡い立香のことだ、唯斗の感情の機微などもよく察したことだろう。その上で、次は自分が唯斗を守ると言ってくれている。
アーサーやサーヴァントたちがいなくなったとしても、立香が隣にいてくれるということに、唯斗はそれだけで不安が薄らぐような気がした。
「…うん、じゃあまずは、最後の特異点からも生きて帰ってこないとな」
「そうだね、話はそれからだ!」
事前の準備はあらかた済んでいる。ダ・ヴィンチがあとはレイシフトメンバーの決定と下準備をするため、二人は待機後、セイレムへのレイシフトを行う。
レムナントオーダー、最後の任務である。