禁忌降臨庭園セイレムI−7


その後、少女たちの中心人物だったアビゲイル・ウィリアムズという少女の家に招かれて、旅一座として屋敷の客間を借りられることになった。
アビゲイルは両親を亡くしており、叔父ランドルフ・カーターに育てられている。カーターの屋敷は十分に広く裕福だったが、やはり土地の痩せたマサチューセッツ州だけあって、ライ麦しかろくな食べ物はなさそうだ。

翌朝、4月22日に、一同はダイニングに集まった。カーターは牧師のところに出ており、アビゲイルは夜中に出歩いた罰として部屋にいる。彼女は罰としてさらに、朝食と昼食を水だけにするよう言われている。これはプロテスタントの清貧を尊ぶ考えから派生した厳しい躾の一環だろう。

まず、朝早くから情報収集と一座の告知を行ってきたマタ・ハリから村の概況を教えてもらうことになる。


「村人たちの話す内容に矛盾はないわ。ピューリタン、清教徒に属する英国系の人々よ」


立香はマタ・ハリの話を聞いて、すぐに唯斗を振り返る。


「ええと、ヘンリー8世が離婚したくて始めた国教会に対して、それを改革しようとするイングランドのプロテスタントのことだよね。特に、マサチューセッツ州にはピューリタンの中でも、別の教会をつくろうとする分離派の人たちがやって来たんだっけ」

「そうそう」


唯斗が頷くと、立香は満足そうにする。予習してきた甲斐があった、といったところだろう。こういうところは本当にあざとい。
マタ・ハリも微笑んでから話を続けた。


「多くは農民や猟師。波止場には倉庫が建ち並んで、英国本土や西インド諸島へ向かう帆船も停泊しているわ」

「え…?史実と異なります、セイレムに本格的な港湾が整備されるのはもっと後のことです。そうですよね、唯斗さん」


今度はマシュが唯斗を見た。マシュだって十分、知識を持っている人物だ。そんな確認を必要とするものではないと思いつつ、唯斗は頷く。


「あぁ、セイレムが貿易港として栄えるのはアメリカ独立革命のあと、18世紀末以降の話だ。日本にやってきた黒船もセイレムから来たものだな」


独立革命によるボストンなどの混乱や、ニューヨークやフィラデルフィアでの戦役によって、既存の港湾が使えない状態が続いた。また、アメリカでの利益を狙い、欧州本土でイングランドと対立するフランスやオランダ、スペインの支援も多く寄せられた。それによって、セイレムでは遠洋航海に挑む者たちが現れるようになり、そうした者たちが切り開いた航路によって、セイレムは一大貿易港となった。このとき、全米で6番目に大きな大都市にまで発展し、さらに当時の中国や日本では最も有名な港湾となった。
日本で古代文明の研究が進むきっかけとなった大森貝塚を発見した学者モースの出身地でもある。


「史実からの逸脱は他にも見受けられたわ。人物リストと照らし合わせても顔ぶれは少し違った」


それにロビンも納得にしたようにする。


「なるほど、ここが2017年のセイレムでないように、1692年のセイレムそのものでもないと。俺の方は夜明けあたりにここらの地形を探ってきたんですが…特徴的な地形や建築はそのまんまだが、他はなんというか、おざなりだ」


ロビンが言うならその通りなのだろう。唯斗も、先ほど見せてもらった地図で同じ事を思った。


「さっき地図を見せてもらったけど、ここはセイレム町だ。セイレム村…現在のダンバースじゃない。ここは現代のセイレム市であって、当時の魔女裁判が行われた場所から6キロ南にある町だ。もちろん、セイレム村の出身者がセイレム市で告発されたケースは多くあったけどな」

「ではやはり、精巧ではあるが偽物の村、ということですね」


ロビンの所感と唯斗の地図との照合を踏まえ、サンソンはここが偽物だと結論づける。恐らくその通りだ。ここは作り物の村なのである。
立香は不安そうにマタ・ハリとロビンを見上げた。


「もともとセイレムにいた人たちは…?」

「問題はそこね。この村の人口はせいぜい1500人程度だったわ」

「消えた5万人の人間が幽閉されているような場所は見当たらなかったっスねぇ」


不安を和らげられるか分からないが、唯斗は今の時点で予想できることを話してしまうことにした。ホームズなら絶対やらないことだ。


「世界を上書きするようなことは、それこそロンゴミニアドのようなものじゃないとできない。この前のアトラス院のシミュレーターで生じた特異点だって、アトラス院のシミュレーターっていう環境だからこそ物理法則をマックスウェルの悪魔によって改編できた。ここの場合、そのレベルのことはできないはずだから、恐らく、セイレムという空間が相転移している。別の次元に現代のセイレムが移転していて、ここには作り物のセイレムが再現されてるわけだ」

「なら、原因になってる魔神柱をなんとかできれば次元も元に戻るのかな」

「多分な」


とはいえ、これは仮説どころか単なる予想でしかない。そして、より大きな問題は他にある。


「それよりも、1692年4月のセイレムだっていうなら、当然、今は魔女裁判の真っ最中だ。でも、村は見たところ平穏そうに見える」

「ええ、平穏ではあったわ。でも、どこか不満を抱えているようでもあった。いつ表面化してもおかしくない、水面下の不平や不満が渦巻いている感じ」

「食料の蓄えも厳しそうでしたしねぇ。なんとか切り詰めて冬を越した感じだ。そういう鬱憤もあるはずです」


今のところ魔女裁判は起きていないように見えるが、疑心暗鬼はすでに生じているらしい。下地は整っているということだ。
このあとどうなるのか、まだ予想もできなかった。

そこに、別の声が入ってくる。


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