禁忌降臨庭園セイレムI−8


「おんやおや、もうお芝居の練習ですか?」

「っ、あなたは、使用人のティテュバさん、でしたでしょうか」

「へぇ、私がカーター様に雇われているティテュバです」


部屋に入ってきたのは、この家での世話をしてくれている使用人の奴隷、ティテュバだった。浅黒い肌にエスニックな見た目の女性だ。
サンソンはティテュバを見て首をかしげる。


「失礼、あなたのお生まれは…」

「おや、私の生まれなんかをお気になさるんで?私はカリブ海のバルバドスの生まれです。このあたりじゃ黒人の奴隷は珍しくありません。以前はアビーお嬢様のお父様にお仕えしておりましたが、今はカーター様にお仕えしております」


ティテュバはアビゲイルの両親の奴隷だったが、アビゲイルの両親は先住民に殺されてしまい、アビゲイルともどもカーターの家にやってきたらしい。

少しだけ話をしてから、ティテュバは仕事があると言ってダイニングを出て行った。
扉が閉まったのを確認して、メデイアは厳しい目つきになる。


「…マスター、唯斗さん。あなたたちには、ティテュバはどう見えた?」

「どうって…普通の黒人の使用人?」

「そうだな。まぁ、あんまりアフリカ西海岸の民族の系統であるカリブの黒人には見えなかったけど…どっちかと言うと東アフリカ系だ」

「唯斗そんなことも分かるの?」

「フランスには黒人の移民が多いからな。特に、旧フランス領のサハラ・西海岸地域の黒人が多かった。東アフリカとはちょっと顔立ちが違うんだ」


どちらかと言えば、というだけの話だ。感心したようにする立香だったが、メディアは表情を曇らせる。


「そう…思ったよりも影響を受けているのね……ここは危険よ、長居はしない方がいい」

「俺はちょいと懐かしいですがねぇ。隙間風が入り放題の小屋、酸っぱい馬糞の臭い、やかましい境界の時鐘に、素っ気のねぇ飯、英国訛りのくだらん世間話ときた」

「それは不服なのか好ましいのかどちらなんだ。とにかく、僕らの使命と、5万人の人々のことを忘れるな、ロビン」

「おっともう一つ、カエル野郎もおまけについてきた」

「…なんだって」


カエル野郎、とはイギリス人がフランス人を悪く言うときの蔑称の一つだ。エスカルゴをはじめ、フランスではカタツムリやカエルなども料理で使用することがイギリス人には理解できないためである。韓国人に対して犬を食うヤツ、と蔑むような行いにも通ずるもので、食文化の違いに端を発する差別的な言葉だ。
とはいえ、サンソンも放っておけばいいのにロビンに突っかかっていたのは確かで、言わなくても分かっているであろうことをわざわざ言ったのは、ロビンがこのオーダーを軽んじていると偏見を持って見ているのと同じだ。森育ちのアウトローへの偏見とみれば、金持ちであったサンソンによる差別的な振る舞いだったとも取れる。
唯斗はため息をついた。


「……サンソン、」

「っ、すみません、マスター」

「馬が合わないのはいい、でもわざと突っかかるのは喧嘩売ってるのと同じだろ。言う前にその言葉が必要なものか考えるだけの良識がないお前じゃないよな」

「はい…申し訳ありません……」

「やーい怒られてやんの」


しゅん、と落ち込んだサンソンをからかうロビンに、唯斗は無言でガンドを放った。ごく弱いものだが、ロビンは呻いてスタンする。


「うぐっ…」


すぐに回復するだろうが、立香は何も言わず放っておいているため、これくらいは必要なことだと立香も思っているらしい。

するとそこに、外から言い争うような声が聞こえてきた。アビゲイルとカーターのものだ。
何かあったのかと、全員でダイニングから外に出て様子を見に行く。

家の外では、帰ってきたカーターとアビゲイル、そしてティテュバがいた。


「ティテュバは悪くないわ!伯父様もそうおっしゃったでしょ?」

「しかし他の娘たちも言っていたのだ。異教の儀式をティテュバから教わったと。昨夜、家を抜け出したのはその儀式のため。村の噂にならないよう、互いに口をつぐむ約束はしてきたが…いったい何をしていたんだ?」

「それは……」


詰問されるアビゲイルを見かねた立香が声をかける。


「どうしました?カーター氏」

「藤丸さん…思っていたよりも事態は深刻だったようだ。残念だがこれでは、あなたがたの芝居を姪に見せるわけにはいかない」

「でも、子供のいたずらでしょう?」

「それでは済まない事態だった。あなたがたがいたから難を逃れたものの…唆したティテュバにはきつい罰を与える。今後、子供たちに近づかせない」

「そんな、罰だなんて、やめて伯父様…!」


カーターはため息をつくだけでアビゲイルの話を聞こうとしない。アビゲイルは目に涙を浮かべると、どこかへ走り去ってしまった。
カーターは残されたティテュバを見下ろす。


「ティテュバ、お前は今後一切、娘たちにせがまれても故郷の話はするな」

「はい、ご主人様、必ず…申し訳ありません…」


そうしてティテュバは仕事に戻り、カーターは屋敷に戻っていった。
残された立香たちは顔を見合わせる。

なんだかよく分からないが、良くないことが起きている、そんな気がした。


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