禁忌降臨庭園セイレムI−9
その日はとりあえず情報収集を行うことになり、散らばって行動することになる。この狭い特異点であれば、マスターとサーヴァントとの距離は気にしなくて良い。
サンソンとマタ・ハリで村の中を、ロビンと哪吒で港を周り、立香とマシュとでアビゲイルを探しに行く。一方、メディアは屋敷に残り、唯斗とアーサーは村の外縁の森を回ることにした。
この特異点でアーサーと二人になるのは初めてだ。
「ここは不思議な特異点だね」
「あぁ。いつもと全然勝手が違う」
「マスターから見てどうなんだい?この特異点は」
村の建物が見える範囲で森に分け入っていきながら、アーサーは唯斗を転ばないよう腰に手を添えて問いかけてくる。
こうしてアーサーは、唯斗に話をさせることでアウトプットの機会として、唯斗が考えをまとめるのを助けてくれるのだ。そういう意図で、グランドオーダー中も二人きりのときにアーサーがこれまで話しかけてきたのだと、最近ようやく理解した。
「そうだな、史実と違うな。特に魔女裁判と…」
「どう違うんだい?」
「…、あれ、なんで違うって思ったんだろ…いや、確かに魔女裁判の一連の事件は3月に始まる、けど…まぁ、いろいろ違うことはたくさんある」
「…?そうか」
何かが違う、何かがおかしい、そう思った気がするが、具体的にそれがどう違うのか分からない。史実と違うところはたくさんあるため、そうした違和感が蓄積しているだけかもしれない。
深く考えようとすると靄がかかったようになり、次の瞬間には気のせいだったように感じてしまう。
疑問に思うべきことが、気にすべきことがあるはずなのに、そんなものはないとすぐに思ってしまう。そんな自分が自分でないような思考回路に困惑した。
「…なんか、気持ち悪い」
「具合が悪いのかい?」
途端に心配そうにこちらを窺うアーサーに、唯斗は微笑む。
「あぁ…いや、そういうんじゃないんだ。なんか変な気がするのに、まったくそんなこともないような、違和感があるような、ないような…なんか全部が茫漠としてる感じだ」
「…なるほど。僕はセイレムのことは概論だけを学んできたに過ぎないから、君の違和感というのは共感できないけれど…君がそうなっているという事実自体が重要かもしれない」
「…そうか?」
「あぁ。決してそれは無意味じゃない。大丈夫、何があろうと僕が君を守る。すぐにその変な感じの正体が分からなくてもいいさ」
「…ん、」
唯斗としてはモヤモヤと不快な気分だったが、アーサーはそれでいいと言ってくれた。隣で唯斗をずっと見守ってくれるアーサーがいるのだ、このまましばらく違和感があるようなないような、この判然としない感覚を持っていて良さそうだ。
こうしていつも、アーサーは唯斗をあらゆる形で支えてくれる。
「…それにしても、これで最後のレイシフトってのは、なんか早いな。昨日時間神殿から帰ってきたような感じがするのに」
「そうだね。炉心も停止した今、レイシフトが終わればサーヴァントたちの退去が行われるんだろう。僕のことは…どうかな」
「っ、」
思わず唯斗は立ち止まってしまった。そう、このレイシフトを最後に、カルデアは施設の維持に必要な電力以上を稼働させられない。いったん停止状態にしてから、査問団と新しい所長を迎え入れるのだ。
カルデアという組織そのものが解体されることだって十分にあり得るが、その最終決定権はいまだにアニムスフィア家にあるため、その点はもう少し先の結論となるだろう。
いずれにせよ、この2年間のカルデアはいったんなかったことになる。
アーサーは唯斗の機微を察して同じように立ち止まると、そっと唯斗の頭を撫でた。
「何者も僕たちの愛と絆を断ち切ることはできない。何より、君に害成す存在はすべて僕が迎え撃とう」
「…うん、アーサー…」
「ん?」
「…、」
思わずアーサーの腕を掴んでしまった唯斗だったが、名前を呼んだだけでその先を口に出来ない。いや、どんな言葉を言いたいのか、自分でも分からなかった。
しかしアーサーは分かっているように微笑むと、唯斗の顎を綺麗な指先でそっと押し上げると、上向いた唯斗に顔を寄せた。
唇に触れる柔らかい感覚に驚く。
「っ、」
「特別にね、任務中だけど。愛してるよ、唯斗。大丈夫、僕がいる」
「…、うん、俺も」
どうやら、瞬間的に募ってしまった寂しさを紛らわせてくれたらしい。唯斗よりも唯斗のことを理解しているアーサーに、つい、肩に顔を埋めるように抱きついた。さすがに任務中のためすぐ切り上げるつもりだが、今だけは、恋人として二人でいたかった。
村人たちを怖がらせないようにということでアーサーは鎧を消して過ごしているが、おかげで温かい温もりを感じることができる。
ほっと息をついて、深呼吸をする。
「…よし。ありがとなアーサー。大丈夫だ、行こう」
「了解、マスター」
アーサーも応じて切り替えてくれる。なんであれ、この特異点を修復して帰還しないことには何も始まらないのだ。