禁忌降臨庭園セイレムII−4


「…キルケーが言ってただろ。法廷はバランスを取ろうとしているって。セイレムはもう、魔女裁判が始まった。魔神柱が構成したこの世界は、魔女裁判で人が処刑されることが絶対的な定義になっている。必ず誰かが処刑される。サンソンはその人数を最小限にするために、恐らくこの空間で魔神柱の疑いが低い主要人物たるホプキンスに与して、処刑される数をコントロールしようとしてる。もちろん、その矛先が俺たちに向かないようにっていうこともある」

「…なるほど。それが彼なりにマスターを守るということか。だがそれは…」

「…アーサー?」

「……いや。なんでもない。それよりも、カーター氏とウェイトリー家、それにホプキンスが魔神柱ではないということも、どういうことが教えてくれるかな」


アーサーはあえて言うのを止めた。それなら唯斗も聞かない。もうずっと、二人はそういうコミュニケーションを取っている。


「ランドルフ・カーターって名前で浮かぶのは、クトゥルフ神話っていうジャンルだ。ゴシックホラー小説のひとつで、米国のサブカルチャーを語る上で外せないものだな」

「…聞いたことがないな」

「そりゃそうだ。ニッチなものではあるし、人を選ぶジャンルだからな」


クトゥルフ神話とは、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトという小説家が築き上げたひとつの神話体系だ。
ラヴクラフトの小説家としての功績は、まさに「一つの世界の構築」である。彼はゴシック小説として、綿密に世界観を作り上げ、地球全体に脅威を及ぼす未知の存在への恐怖を描くスタイルをとった。この世界観と神話をクトゥルフ神話という。
この一連の神話体系に即した小説群に登場する人物にカーターの名前があるのだ。ただ、それがこの世界のカーターと同じかは唯斗にも定かではない。

ゴシック小説はホラー小説のジャンルであり、北欧・北ドイツの原風景と欧州の古ノルド的な民間伝承などのエッセンスも加わった独特なもので、これを大成させたものとして、「フランケンシュタインの怪物」がある。
江戸川乱歩がそのペンネームの由来としたエドガー・アラン・ポーもこのジャンルの人物であり、ラヴクラフトもポーの築いた系統に属する作風だ。


「ウェイトリー家も、ラヴクラフトの小説『ダンウィッチの怪』に登場する。ダンウィッチと、同じく作中に登場するアーカムという町はセイレムがモデルになってる。そもそもラヴクラフトはマサチューセッツ州の南、ロードアイランドの人間で、寒々しいニューイングランド地方の情景に、かつてゴシック小説が北ドイツの薄暗く寒々とした光景に未知なる恐怖を見出したのと同じように、人類が知らない存在による恐ろしい超常現象を浮かべたんだ」

「確かに、何かホラー映画のような光景ではあるね」


現代でも、アメリカのホラー映画といえば、寒々しい曇天に郊外の住宅、紅葉の枯れ葉が舞い散る晩秋、引っ越してきた家族に次々に襲いかかる怪異、というようなものがありがちだ。
この光景こそ、ニューイングランドの豊かな秋の終わり、長い長い冬を前に気分も落ち込む陰鬱としたゴシックホラーの風景である。


「実在するセイレムの人間はアビゲイルだけ。他は似て非なる人間ばかり。魔女裁判の有様も違う。ここにはいないはずの魔女狩り将軍ホプキンスは、どちらかというと、俺たちのような外部からの客みたいなもんだ。サンソンはそれを理解して、ホプキンスが魔神柱そのものではないと踏んだんだろ」

「シバの女王、キルケー、カルデア、ホプキンスが呼ばれた存在で、セイレムの住民はみんな作り物、唯一史実と同じ存在はアビゲイルだけで、重要な人物であるウェイトリーとカーターはこの地に関連する空想小説の登場人物ということか。史実の魔女裁判の影響を受けて後世に作られたホラー小説の力を借りているのは、新宿やアガルタに通ずるものがあるね」

「その通りだ。そうなってくれば、怪しむべきは、空想の人物であるはずのカーターとラヴィニア。そして、唯一実在するアビゲイル。今晩も、明日も、法廷は死刑を求める」


一面に麦畑が広がる場所で唯斗は立ち止まる。アーサーも同じく立ち止まり、唯斗の隣に控えていてくれる。


「…アーサーがずっと隣にいてくれなかったら、怖くて足が竦んでた。でも、アーサーが絶対信じられる人として隣にいてくれるから…もうちょっと、頑張れる。まだ戦える。正直、戦力とかじゃなく、メンタルが結構、きついけど」

「そうだね、ここは膂力じゃなく精神力がより問われる空間だ。気をしっかり持たないと。だからこそ、サンソン殿にはマスターに心労をかけて欲しくなかったんだけど…法廷に立たされる人物をコントロールする、というのは彼にしかできないことだろう」

「そう、だな…」


ざわつく胸の奥に気が逸る。海から吹き付ける風は相変わらず不快な湿気を帯びていた。


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