禁忌降臨庭園セイレムII−15


虚ろな目をしたアビゲイルは、ラヴィニアを無感動に見下ろす。すでに、アビゲイルから人の気配はないが、同時に、何らかの気配も感じなかった。
今まで経験したことのない存在だ。まったく底知れない気配に、つい鳥肌が立った唯斗は、なんとか声が震えないようにするのに精一杯だった。


「そうか…アビゲイル自身が銀の鍵か。だから、彼女自身が、門を開いて異世界とセイレムを接続する。そして、それを通して、外なる神をその身に降臨させるってことか」

「そういうことです。魔神ラウムは、セイレムという現象の再現によって、魔女裁判の中心人物であるアビゲイルを疑似サーヴァントのように存在させることで空間を安定させ、魔女裁判の起点とし、そして銀の鍵の権能を与えることで外宇宙の神を降臨させる依り代としました。これより、この宇宙の法則に縛られない、世界を不安定化させる外なる神がアビゲイルに宿り、この世界の理は破綻し、魔術は狂い、そして人理は覆されます」


シバの女王は淡々と目の前で起きていることを語る。
ラヴクラフトの物語において、異世界を繋ぐ銀の鍵を持っていたカーター。そのカーターという存在に憑依することで、魔神柱ラウムは銀の鍵の権能をアビゲイルに与え、疑似サーヴァントとして偽りのセイレムの核とした。
そして、アビゲイルには最後に、外なる神を降臨させる。これによって宇宙法則が根底から覆り、人理は乱れ、ここに人類史は途絶えて人類は痛みという救済を得る。


「スト・テュホン…スト・テュホン…其は罪人なり……」


アビゲイルが自我を保てていたのは、その良心と、ラヴィニアという親友の存在だった。しかし、相次ぐ処刑やサンソンの死、そしてアビゲイルを庇って命を落としたラヴィニアを見て、ついにアビゲイルは自我を失って、降臨が始まった。


「罪の子でない人がいる…?死してなお贖罪を求め、グールになってまで救いを求める…苦痛、痛み、それこそが唯一の確かな報い、贖罪だわ…すべての人に、苦しみを…!」


うわごとのように呟いた瞬間、アビゲイルの体からは、突然、タコのような無数の触手が出現した。蠢く触手は瓦礫を押しのけ長椅子を弾き、空間を埋めていく。
空気を震わせるほどのすさまじい邪気に、唯斗はたじろいだ。


「門はあらゆる時空へ届くわ…でも、ええ、結界があって外には行けないのね…じゃあ、結界そのものを通じて、魔術師たちの心臓に…苦痛を送り込めば…」

「やめてくださいアビーさん!!」


セイレムを外から封鎖する北米の魔術師たちの結界に、アビゲイルはそれを破って外の世界へ干渉するべく残酷なことを言い始めた。
堪らずマシュが叫ぶが意に介さず、アビゲイルは立香を見上げる。


「座長さん…?あなたなら、分かってくれるわよね…」

「君が邪悪な神になる必要なんてない!」

「誰もが救いを求めているのに…?あなたの喜びは…私の喜びよ?」

「人は生きているだけで、つらいことも苦しいことも経験するものだよ」


立香は必死に諭すが、アビゲイルは聞く耳を持たない。


「かわいそう…それはかわいそうよ…でも足りないわ……私はセイレムから出られない、私の罪はまだセイレムに眠っているから…だったら全部、セイレムになればいいの…私が、繋げてあげる」


今まで見たこともないような、アビゲイルの醜悪な微笑み。彼女ならばできるだろう。結界を破り、世界のすべてをセイレムに接続し、物理法則をねじ曲げて人理を閉ざす。
そして、すべての人類に痛みという名の救済を与えるのだ。


「どこの馬の骨とも分からない神に救われてたまるか。立香、戦うぞ」

「っ、でも、アビーは…!」


いまだ躊躇う立香に、意外にも哪吒が静かに声をかけた。子供好きで、よくアビゲイルと一緒にいた哪吒は、アビゲイルを倒すことに否定をしない。


「マスター。あれはアビゲイルにあらず。あれなるは邪神、偽りの神なり。アビゲイルが真に穢れなき強さを持つなら…打ち倒した後であろうと、何かが、残る。我が魂魄の有様こそ、その証なり!!」

「哪吒…うん、分かった」


そんな哪吒の言葉だからだろう、ついに立香も覚悟を決めた。
アビゲイルはその力を一気に解放させていく。


「全部繋げてあげる…イングランドも、ローマも、エルサレムも、すべて…!」


その言葉とともに、辺り一帯に突如として青白い光が無数に現れた。それは鍵穴、あらゆる時代、あらゆる場所に繋がる鍵の穴だ。
たくさんの輝く鍵穴が浮かぶ廃墟の公会堂で、最後の戦いが始まった。


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