禁忌降臨庭園セイレムII−19
「
我らを試みにあわせず、悪より救いだし給え」
続けて、唯斗が展開できる最も強力な結界を出現し、追撃しようと迫っていた触手をすべて弾いた。
「マ、スター…」
「大丈夫、ここは俺が守る。すぐ動けるようになるはずだ、そしたら、頼むぞ」
唯斗は倒れていたアーサーの上体を抱き起こし、自分の膝と腕で支える。まだ痛みが走るが、アーサーが無事に回復できていてほっとする。アーサーの厚く逞しい肩を自分が抱く側になるとは、と思ってしまうが、衰弱していたアーサーは徐々に意識をはっきりさせた。
唯斗が展開する結界に何度も触手が激突しており、そのたびに光と火花が輝く。平然とそれを維持しているが、正直、高位の術式を連続しているため、令呪の連続使用よりもきつかった。
結界によって攻撃を防がれていることで、アビゲイルは苛立ったように顔をしかめている。しかし、こちらばかりに集中していたため、アビゲイルは背後を取られた。
「アビー、覚悟!!」
哪吒が槍を振り上げて、アビゲイルを吹き飛ばしたのだ。触手ごと壁に叩き付けられ、追撃するようにマタ・ハリとロビンが攻撃を畳みかける。
あと一押しだ。
「アーサー、立てる、か…?」
「っ、マスター、魔力が…」
「それは後だ、いいから、頼む…!」
完全に元に戻ったアーサーは、結界を消して呼吸を荒くする唯斗に、心配の色を前面に浮かべるが、やがて頷いた。
「俺がアビゲイルの中の邪神を少し浮きだたせるから、聖剣の魔力でアビゲイルとの繋がりを弱めてくれ…」
「了解、立てるかい?」
唯斗は頷くだけに留め、ふらつきながらも、アーサーに支えられてなんとか立ち上がる。
慌てて駆け寄ってきた立香が、唯斗の肩を抱いて支えるのを引き取った。
「マスターを頼むね、藤丸君」
「任せて!」
アーサーは微笑んで頷くと、聖剣を構えてアビゲイルへと飛び出す。
それに合わせて、唯斗は左手をアビゲイルに向けた。
「
真の名を告げよ…!」
これが使用できる最後の魔術となるだろう。
アビゲイルは悲鳴を上げて、その纏っていた邪悪な靄が浮き上がる。アビゲイルから浮き出すそれに、アーサーはエクスカリバーから聖なる光線を放った。
背後の壁ごと靄の一部が吹き飛ばされ、爆風が吹き付ける。これによって完全に、アビゲイルから邪神の魔力が浮き出されていた。
「立香、ロビンを、」
「分かった。ロビン!令呪を以て命じる!」
「あいよ!」
「禁忌の降臨を阻止しろ!!」
立香の右手が赤く輝いたと思うと、ロビンは令呪を受けて宝具を解放する。
放たれた光の矢によって、アビゲイルの足下から再び木の幹が現れると、アビゲイルから出ていた魔力を包み込む。そして、それは紫色の爆風を噴き出して消滅した。
その衝撃波で公会堂の壁は四方が完全に崩壊し、あたり一帯が木の破片と瓦礫が散乱する廃墟と化した。
アビゲイルは力なく崩れ落ち、剥き出しになった地面にへたり込む。
「あ…ああ…だめ、神様が出て行っちゃう…!お願い、誰か…私を……ここから……連れ出して…」
呆然と呟くアビゲイル、戦いが終わり静まりかえる廃墟。英霊たちはもはやこれ以上の戦闘はないと判断し、武器を消失させた。
アーサーはすぐにこちらに駆け寄ると、立香から唯斗を受け取る。
代わりに、立香とマシュはアビゲイルのもとへと向かった。
アーサーの腕の中で、唯斗はようやく力を抜いて、完全にアーサーに凭れ掛かった。少し離れたその場からアビゲイルの様子をアーサーとともに見守っていると、ふと、少女が一人起き上がった。
「あ、びー…」
「ラヴィニア…?」
なんと、ラヴィニアが立ち上がったのだ。どうやら、キルケーが薬を処方していたらしい。
「今は麻酔が効いているに過ぎない。傷が深すぎる、今この一瞬の苦痛を和らげているだけだ」
ラヴィニアは致命傷であったことに変わらず、もう長くない。血まみれになったラヴィニアに駆け寄ったアビゲイルは、その体を支えた。
「だめよラヴィニア、こんな冷たくなって…!だめ、行かないで、ここにいて…!」
「わ、たしは…書物の中だけの、作り物、だけど…友達に、なれた…?おんな、じ…帚星の、年の、子…」
「…ええ、何度帚星が巡っても、ずっと友達よ…!」
アビゲイルの腕に支えられながら、ラヴィニアは薄く微笑む。
「牧草地、から…一緒に、海を、見たわ…また、もう一度、鯨を…」
「ラヴィニア…!」
力なくラヴィニアの腕は垂れ下がり、呼吸が止まる。
アビゲイルはその白く丸い頬に大粒の涙をこぼしながら、息を引き取る友人を見送った。
たとえ魔神柱に与えられた偽りの記憶でも、そこに本物は、確かにあったのだ。
瓦礫の山となった公会堂に、夜の風が吹き抜ける。この地にしては安らかな風だった。