悪性隔絶魔境新宿II−10


これはこれで見ていて面白い、と思いながら壁際にいると、突然、隣に男性が立った。


「失礼、その左手についてお聞きしても?」

「…?なんでしょう」


まさか話しかけられるとは。
だがセレブらしい男が示したのは、唯斗の左手だった。


「それは魔術刻印ですかな?」


そういえばこの街は、まともな人間などおらず、誰もが大なり小なり魔術の恩恵を受けている。この男も、この左手の術式が魔術刻印だとすぐに理解したらしい。


「…それが何か」

「いえ、素晴らしいと思いましてね。あぁ、それにあなたは見れば見るほど…見目麗しい」

「は…?」


何を言うかと思えば、男はするりと唯斗の左手を撫でて、手首までなぞった。鳥肌が立って手を引っ込めるが、男は気にした様子はなく、こちらにぐいと近づいた。
それに咄嗟に離れると、すぐにこちらに近づいてくる人影があった。女性たちの輪から抜け出して、アーサーが唯斗のそばまで早速やってきたのだ。さすが、行動が早い。


「失礼、ミスター。私の連れに何か?」

「あなたのお連れでしたか、納得の見た目の良さだ」


男は特に動じることもなく、アーサーにとんでもないことを提案した。


「1000…いや、3000万円でどうでしょう、彼を私と一緒にさせていただけませんか?生活水準はもちろん今のもの、いえ、それ以上をお約束しましょう」

「……一緒に、とは?」

「そのままですよ、共に食べ、共に飲み、共に娯楽にふけり、共に快楽を楽しみ、共に眠るのです。あぁ、ベッドをより耐久性の高いものにしなければ。ずっと繋がっていたくなってしまう美しさだ」


男の恍惚とした表情にぞっとした唯斗は、ついアーサーの背中に隠れた。あまりに気持ちの悪い表現におぞましくなったのだ。
アーサーはそんな唯斗をおもむろに姿勢を変えて抱き締めて、腕に囲って見えないようにしてから、底冷えするような声で返す。


「この人は私のものだ。次またその汚らわしい口で話しかけてみろ、新宿に貴様の居場所などなくなると思え」

「っ、お手付きかよ…」


男はアーサーの態度にかろうじてそれだけ言うと、そそくさと去って行った。
それにしても、アーサーが自分のものだ、という言い方をするのは極めて珍しい。相手が人間だから抑えているが、かなり頭に来ているはずだ。
それでも唯斗は、アーサーがそう言ってくれたことがじわじわと認識されて、赤くなるのを隠すようにアーサーの白いジャケットに顔を埋めた。


「すまないマスター、『私のもの』など所有するかのような言い方をしてしまった」

「あ…いや、」


アーサーは唯斗の後頭部を撫でながらそう言ってくれたが、唯斗はなんと返そうかと迷い、結局素直に言ってしまうことにした。


「…ぶっちゃけ嬉しいっていうか、なんか支配されてる感があって、それはそれでいいかなって……」

「……、マスター、僕の理性が頑強で良かった。今のはちょっと、危ない。男の支配欲にクリティカルヒットしてしまう。もしもこれがプライベートの本物のパーティーの類いだったら、すぐに君をホテルに連れて行って一晩中抱き潰してしまうところだ。今だってキスの一つや二つしたいくらいだけれど…」


アーサーは極めて押し殺したような声でそう言うと、そっと体を離した。
試しにその顔を見上げてみると、その瞳には、とんでもない欲情の色が浮かんでおり、本当にギリギリのところにいるのだと分かった。


「っ、カルデアに帰ったらな!」

「……あぁ、覚悟はしておいてくれ」


あ、これは余計なことを言った、と瞬時に後悔した。
唯斗とアーサーは互いに関係を落ち着かせたため、もはやアーサーが自制する必要はない。遠慮なく、カルデアに戻ったら大変なことになるだろう。
それにドキドキとしてしまっている自分も大概だ、と内心で自嘲していると、会場に動きがあった。

ついにメインのお出ましだ。


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