禁忌降臨庭園セイレムII−21


そうして海風に吹かれながら、セイレム消失を待っているときだった。


「おっとっと、やっとセイレムか…なんと、もう崩壊寸前ではないか」

「…っ!?」


その声と、突然現れた男の姿に全員が驚愕した。
なんと、そこにはカーターが立っていたのである。どこからともなく現れたカーターに、魔神柱を倒し損ねたかと一瞬にしてサーヴァントたちが殺気立つ。
それを見て、カーターらしき男は慌てて口を開いた。


「待ってくれ君たち、敵対の意志はない。語るべき適当な名を持ち合わせていないんだが…そうだな、時空を旅する紳士、とでも呼んでくれ」


突然現れた紳士とやらは、どうやら魔神柱ラウムが乗っ取っていた男の本人のようだった。ラウムが消滅したことで、体のコントロールを取り戻したらしい。

紳士の語るところによると、もともと異形に魅入られやすい性質だったらしく、体を奪われていたようだ。紳士の祖先の土地だというセイレムには縁があり、そうしてラウムに目をつけられたのだそうだ。

唯斗は紳士に、ずっと気になっていたことをそれとなく聞いてみることにした。


「あなたは…アーカムの出身か?」

「ふむ、そういうことにしておこう。厳密には、違うのだが」

「…そうか。じゃあもうひとつ。あなたの世界は、ただの空想ではなかったんだな」

「そうだ。奇跡か、それとも不運かは定かではないが…いずれにせよ、こちらが知覚し、あちらも知覚した。それだけで縁ができてしまった。私は自分でその落とし前をつけるべく時空を旅している、と言ってもいいのかもしれない」

「……分かった」


問答としては極めて茫漠としたものだ。しかし唯斗はこれだけで良かった。
ここまでの事象を引き起こすことができたのなら、ラヴクラフトの創作物語はただの空想ではない。ただの物語に、ここまでの現象を引き起こすことはできない。セイレムで実際に発生した事象とアビゲイルの存在をもってしてもだ。
何より、これまで出現したフォーリナーである北斎やボイジャーの謎に迫るものでもあった。

なぜ外宇宙の存在が地球にやってきたのか。
それは、ラヴクラフトが単なる空想だと思って築き上げたクトゥルフ神話という一つの世界の提唱が、奇跡か因果か不運か、事実だったからだ。事実に偶然にも、空想が重なってしまった。それが縁となり、外宇宙の存在はこの宇宙に干渉できるようになったのである。

紳士はアビゲイルを見て、腰を屈めて視線を合わせる。


「…さて。私は君を求めてここまで来たんだ、アビゲイル・ウィリアムズ。到着が遅くなったことを詫びよう」

「えと……」


アビゲイルは困惑していたが、そこに、地面が揺れ動くのが足下の感覚で分かった。セイレムの消失がここまで到達したらしい。シバの女王は落ち着いて一同に呼びかける。


「村の中心部へ行きましょう。あちらならば、もう少し時間があるはずです」


シバの女王の提案通り、一同は公会堂の前の広場へと戻ってきた。廃墟と化した公会堂の瓦礫は広場にも散乱している。
村には誰もおらず、無人となった村に空虚な風が吹いていた。

そこで改めて紳士はアビゲイルに話す。


「アビゲイル、君は、生ける銀の鍵なのだ。あらゆる時空や場所に門を繋いで行き来することができる」

「そ、そんな、無理よ…いえ、できた気がするけど、もう一度なんて…」

「これから覚えるのだよ。使いこなすにはコツがいる。この力は邪悪な神に立ち向かう切り札にもなる。ここで失われるのは惜しい。君には二つの選択肢がある。ここでセイレムとともに消失するか、私と一緒にセイレムを離れ見果てぬ時空、宇宙の深淵へと旅立つか」


アビゲイルは急な選択肢に、困惑して視線を彷徨わせる。今度は立香が、腰を下ろしてアビゲイルの目線の高さになった。


「…アビー、君の望みは?」

「……、座長さんたちは知っていると思うけれど…私、この地で過去にとてつもない罪を犯したわ。それを、この偽りのセイレムでまた繰り返した。私の罪も、何もかも、ずっとセイレムにあるの」

「…、」


サーヴァントとしての自覚を持ってしまったために、余計にアビゲイルは葛藤を抱えているだろう。それを理解して、立香も何も言えなくなる。
しかし、アビゲイルは言葉を続けた。


「…でもね、ずっと覚えているの。処刑台に立ったサンソンさんの声が、まだ耳について、離れない…!私、死んでもいいのかしら?神様はきっとお許しにならない!けれど私…!」


死が救済となり、それ以上の責め苦を得ることは、あってはならない。それがサンソンの言う、明日への希望だった。
唯斗は、アビゲイルにそっと答える。


「…サンソンは、誰よりも、生きるべき人に生きて欲しいと願った人だった。そして、死はそれ以上の意味を持ってはならないと、死して初めて迎えることができる明日があるのだと、そう考えていたんだよ」

「唯斗さん…私、あなたにも、とてもひどいことを…」

「謝りたいなら聞く。罪の意識を持つなとも言わない。でも、死んでもなお自分を罪の意識で責め続けるような死を、サンソンは望んでいなかった。それだけは忘れないでくれ」


唯斗の言葉にアビゲイルは涙ぐむ。立香は優しく、アビゲイルの頭を撫でた。


「君が決めるんだ、アビー」

「ええ、誰も人の心まで裁くことはできません」


マシュもそう言うと、アビゲイルは逡巡して、意を決したように唯斗たちを見上げた。


「……私、決めたわ。伯父様と一緒に、旅に出る。そうすればきっと、世界の果てでラヴィニアと出会えるかもしれないし、私がサーヴァントとして、カルデアの一座に加わる日も来るかもしれない。それに…絞首刑を受ける前のサンソンさんの記憶を、カルデアのサンソンさんにお渡しすることも…」

「不可能ではないだろう。私にも難しいことだが、遠い未来にできるかもしれない」

「ふふ、だったらなおさら、伯父様と旅をして経験を積まなきゃ。どうか待っていて唯斗さん、私は皆さんに受けた恩を、サンソンさんが示してくださった明日への希望を、必ずお返しするわ」

「…ありがとう、そう言ってくれただけで嬉しいよ」


唯斗は微笑んでそう返した。同じく笑顔になったアビゲイルに、紳士は声をかける。


「では我々は行くとしよう。準備はいいかね、アビー」

「ええ…それではありがとう、カルデアの皆さん!また、いつか」


その言葉を最後に、紳士とアビゲイルは光に包まれて消えていった。時空を超える、遙かな旅へと彼らは出て行ったのだ。


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