禁忌降臨庭園セイレムII−23


冷静に考えれば、医務室から自室まで抱えられながら向かうのは羞恥以外に他ならなかったが、幸いにも誰ともすれ違うことはなく、自室に着く頃にはだいぶ落ち着いていた。
この低い体温も、清潔な匂いも、すべてよく知るサンソンのものだ。確かにサンソンはここにいる、それを実感するには十分な時間だったため、なんとか心は平静を取り戻しつつあった。

部屋に入ってサンソンに下ろしてもらうなり、スフィンクス・アウラードたちがとてとてと歩み寄って出迎えてくれる。唯斗の心情を察してくれたのか、すぐに足下に纏わり付いて、どこか心配そうに見上げていた。


「…悪い、大丈夫だ。ありがとな」


そう言ってしゃがんでアウラードたちを撫でると、ごろごろ喉を鳴らしそうな勢いでくつろぎ始める。サンソンは、体が宇宙でできたアウラードたちを感心したように見ていた。


「呼んでおいて悪いけど、先シャワーする。もうちょっと、落ち着いてから話したい」

「…では、僕は紅茶を淹れておきますね」

「ん、ありがと」


礼を言ってから、唯斗はレイシフトスーツのファスナーを下ろす。体にぴったりと張り付くようなスーツは、最初こそやや抵抗があったものの、今ではもう慣れきってしまった。


「…マスター、その。無防備では」

「……、この状況でよく言えたもんだな」


再び動揺したサンソンをじとりと睨むと、身に覚えはないものの周囲から責められているサンソンは言葉に詰まる。何かしでかした、というのは理解しているため、反応に困っているようだ。目のやり場にも困っている。


「手ぇ出したらアウラードが容赦なく攻撃するからな、この部屋」

「…だから騎士王は二人きりになることを許したんですね……」


少し前に、ひょんなことからランサーがこの部屋で唯斗をベッドに押し倒し、唯斗が抵抗したところ、アウラードたちが一斉に光線を放ったのだ。ランサーは負傷し、壁も傷つき、以来、アーサーは唯斗が部屋にサーヴァントを呼んで二人きりになることを逆に許すようになった。アウラードたちがあまりに優秀だったためだ。

顔を赤くしながら目を逸らすサンソンを気にせず、スーツを抜いでシャワーブースに入ると、曇りガラスをオンにしてシャワーを簡単に済ませる。
適当にタオルで体を拭いて、部屋着のパーカーとスウェットという格好になった。


「…マスター、髪が濡れたままでは……」

「じゃあサンソンが乾かして」

「…承知しました、それではベッドに座ってください」


いろいろと堪えながらサンソンはそれだけ言った。さすがサンソン、と内心で思いつつ、唯斗はベッドの縁に腰掛けた。アキレウスあたりだったら10分前にすでに抱かれていただろう。

サンソンは立ったまま、唯斗の正面でドライヤーを使い、唯斗の髪の毛を乾かし始めた。
温風が髪を揺らし、乾かすためにサンソンの優しい手が頭を繰り返し撫でる。

人にこうしてもらうのはなかなかに心地よいことなのだと知った唯斗は、前髪が乾いたのをいいことに、目の前のサンソンの腹辺りに額をつけて凭れた。


「眠くなりましたか?」

「や、そういうんじゃない」

「あともう少し待ってくださいね」


サンソンの腹筋にぐりぐりと頭を押しつけてから、ふとテーブルを見遣ると、紅茶が蒸らされているのが見えた。良い香りがドライヤーの風に乗って漂う。


「サンソン、」

「はい?」

「…セイレムで、サーヴァントたちは半分受肉した状態だった。だから、向こうで死んだら、俺たちみたいにサーヴァントでも消滅…座に還ってしまうことになってた」

「…、」

「そんで、そこでサンソンは、自ら処刑されたんだ」

「は……」


ドライヤーが止まる。ちょうど髪を乾かし終わったらしい。サンソンは愕然としたように、唯斗を見下ろした。唯斗は頭をサンソンの腹から離すと、おもむろに立ち上がる。

そして、8センチ高いサンソンのアクアマリンの瞳を見つめながら、その首元に両手を添えた。
サンソンの首を囲むように、両手の親指と人差し指で輪を作り、息を飲んで動くサンソンの喉仏を感じながら、首をひどく柔らかく拘束した。


「っ、マスター…?」

「絞首刑だった。何も言ってくれなかった。裁判で俺は弁証したけど、サンソンは自分から有罪を望んで、魔女キルケーの仮死の薬も受け取らず、絞首台に上った。俺が、見てる前で。その瞬間を見せる前にアーサーが俺を連れ出したけど、お前は、何も事前に言ってくれることもせずに、別れの言葉も言わせてくれずに、勝手に死んだんだ」


まるで呪詛のようだと自分でも思った。淡々と口から出てくる言葉に、サンソンは目を見開いている。唯斗が何を経験したのか知ったサンソンは、何も言うことができないでいる。
その首を囲む手を、一回り狭くした。肌に触れるだけだった指は明確に喉を絞め、その血管の脈打つ振動すら感じ取る。


「ぐ…、マスター…」

「なぁサンソン、俺がこのままお前を殺すとしたら、どうする?」


静かな部屋に落ちる唯斗の問いかけ。アウラードたちが思い思いに部屋で遊んでいるのどかな光景のすぐ傍で、こんなことが行われているということが、あまりにチグハグだった。

しかしサンソンは微笑むと、唯斗の腰に手を回して、首を絞められているにもかかわらず、唯斗を抱き寄せた。それによって唯斗の腕とサンソンとの距離が縮まることで、さらに首を絞めてしまう。


「っ、サンソン、」

「とても甘美な誘いに聞こえるよ、唯斗」


逆に動揺してしまった唯斗に、サンソンはそう答えた。驚いて見上げると、サンソンは優しく微笑んでいる。


「愛する人に、死という救済を与えられるなど、僕には過ぎた褒美だ。僕にそんな幸福は分不相応だ、と思う反面、君の心に永遠の傷を残すことに、どこか嬉しくなっている自分の不謹慎さも自覚している。もちろん、君に傷ついて欲しくないと思っているけれど」

「……やっぱり、救い、なんだな」


唯斗は手を離す。つっかえ棒のようになってしまっていた腕が離れたことで、サンソンはより深く、唯斗を抱き締めた。鼻先が肩にあたり、サンソンはごわごわとした黒いコートを消失させて白いシャツ姿になった。


「ええ。死は救済であるべきです。希望であるべきです。この世の苦しみから解放され、すべての罪から逃れ、いかなる責め苦の及ばないものであるべきです。そのために、僕が在った」

「…っ、」


シャツの肩口に顔を埋めた唯斗に、サンソンは苦笑して唯斗の後頭部を撫でる。


「紅茶を淹れます。座って、少しずつでもいいので、セイレムでのことを話してくれませんか?」


293/314
prev next
back
表紙へ戻る