禁忌降臨庭園セイレムII−24
その言葉に唯斗は応じると、ベッドの縁に戻った。サンソンは紅茶をカップに注ぐと、唯斗に手渡して、唯斗の左隣に座った。
紅茶の良い香りで心が落ち着く。唯斗は訥々と、セイレムでの出来事をサンソンに話して聞かせた。
20分ほどは話しただろうか、サンソンは相づちを打つことに徹していたが、すべての話を聞き終えたところで、視線を天井に向ける。
「今回の特異点は…ひどく、心に傷をつけるものだったんですね、なんて、その大半の原因である僕が言うことではありませんが…」
「それも魔神柱の企みの一部だったんだ、サンソンが悪かった、とは思ってない」
「ふふ、でも、やはりマスターはマスターです。僕のために、処刑台の修繕で涙を流し、ロビンフッドに怒りを示してくれた。動揺する僕を導いてくれた」
話を聞いている間、サンソンは特に感情を示さず、ただ聞いてくれていた。ただ、そういう唯斗とのコミュニケーションの話では、嬉しそうに笑っている。
そして少し沈黙が落ちてから、ぽつりとサンソンは言った。
「…自ら死を選んだ自分の考えは、手に取るように分かります。今までであれば決して、あなたを置いて消えることなど自分では選びませんでしたが、今回だからそうしたのでしょう」
「そうしなきゃならなかったから…?」
「いえ。僕がなんとしてもあなたを守る、そう考えていたのなら、アビゲイルをとっとと被告人席に立たせていた。あるいは、キルケーの薬を受けとっていたでしょう。そうしなかったのは、これが最後のレイシフトだったからです」
「もうこれ以上はサーヴァントとしての出番がないからってことか」
「はい。バレンタインのときにも言いましたが…僕は、別れ際というのをどうしようか悩んでいました。いつまでもあなたの傍にいては、本当に離れられなくなってしまうと。けれど、今回は最後の特異点探索だった。であれば、これを機に還ることも選択肢にあったのでしょう」
「……勝手すぎる」
「ええ、そう罵られて当然です」
サンソンは困ったように笑ってから、唯斗を見下ろしながら唯斗の髪を梳くように撫でる。
「あなたがよくご存じの通り…僕は、残酷な死を与えないために、安らかで明日に希望を抱ける死を与えるために、議会に新しい処刑方法を提案しました。僕にとって死とは救済であるべきで、そして、絞首台に立った僕は、僕が処刑してきた無実の人々のことに苦悩することから救われることを願った。もはや最後の特異点であれば、あなたを守るのは騎士王だけで十分だと、あなたへの勤めはすべて果たしたと。そう思ったのでしょう」
「……、」
「きっと、あなたにお別れを言えなかったことが唯一の心残りだったはず。けれどこうして、僕はどうしてか再召喚されていた。もしかしたら、アビゲイルがそうしてくれたのかもしれません。僕には定かではありませんが…何にせよ、僕はチャンスを与えられたのです」
「チャンス…?」
「あなたに出会えた奇跡に、きちんと別れを告げるチャンスです。じきにやってくる退去の日までに、あなたに感謝を伝えることができる」
サンソンはそう言うと、唯斗の手をとった。唯斗はマグカップをテーブルに置いてから、サンソンに両手を包まれるのに任せる。
サンソンは至近距離で唯斗を見つめると、淡く笑みを浮かべた。
「僕は救われることはありません。たとえ1億人を救っても、一人の命を奪った罪は許されない。しかし、あなたがそんな僕の罪を知った上で行動を共にして、存在と在り方を受け入れ、そして僕という存在が死刑のない現代欧州をもたらしたという肯定の言葉が、死後だからこそ得られた救いなのだと思います。マスターがマスターであったからもたらされた機会だったんです。だから、ありがとう、唯斗。君の剣になれたことは、まさに、死の先にあった明日の希望だった」
「っ、」
じわりと唯斗の目に涙が浮かんで、サンソンの端正な顔がぼやける。サンソンは小さく笑うと、唯斗を抱き締めたまま、ベッドに横になった。
サンソンの腕の中に抱き込まれ、唯斗はサンソンの胸元に顔を押しつける。
「ふ、ぅっ、サン、ソン…っ!」
「泣かせてしまって申し訳ありません。けれど、僕のために涙を流してくれるあなたの優しさと誠実さに、僕は愛を抱いたのです」
サンソンの腕の中で、ようやく唯斗は、セイレムで感じたすべての悲しみと悔しさを昇華することができた。他ならぬサンソンが言葉をくれたからだ。
結果的には、唯斗は何も失っていないのかもしれない。だが確かに、あのセイレムで、唯斗は大切なものを失った。
怒りや悔しさ、そして深い悲しみ。そうした感情を糧に成長できるのもまた人である。
かつてフランスの政治家、アンドレ・マルローは言った。
「死体を見て初めて『なぜ』と言ったとき、人間が生まれる」
人として生きる上で避けては通れない理不尽な死、その悲しみ。それらを知って初めて、人は人になるのだということだ。
きっと唯斗は人として、このセイレムを以てようやく、グランドオーダー最後の成長を果たせたのだろう。